ドリーム小説
しまったと思っても、もう遅い。
( ゆっくり茶なんかしたばかりにこんな時間になっちまった。)
男は右手に掴んだ根付を見て溜息をついた。
御忍びで出て来たと言う訳でもないが、何となく馬は置いてきた。
町人に紛れる為、いつもと違う着物を着て町を通っていただけだ。
ただそれだけだったのだが、まさか茶屋の前で盗みがあるとは思ってもいなかったのだ。
黙って見過ごす事が出来なかったので盗人をひっ捕らえたのだが、今度は茶屋の娘に礼をと縋られたのだ。
そんな娘を邪険にする事も出来ず、ついつい長居してしまった。
情けない事に別れ際に根付という土産まで付けられて。
陽はもうとうに落ち、辺りは闇に包まれている。
馬を使わなかった事を後悔しながら近道の為に道無き道を進んだ。
行く手を阻む葉を手で避けながらようやく拓けた場所に出たら、急に森が騒いでいる感覚に気付いて意識を研ぎ巡らせる。
僅かに聞こえる金属音に根付の鈴を黙らせるように懐に隠し、腰にある刀に手を伸ばした。
***
男達の刀が身体に届く前に、は目を見開いて叫んだ。
「ただじゃ死ねないって!」
とにかく必死だったの身体は自然とそう動いていた。
飛び掛る多くの男を避けるため、一番先頭にいた男の肩を使って後ろに飛び越えた。
ようするに跳び箱の要領である。
は上手い下手を別にしても高校三年間、部活で体操をやっていたのだ。
身体に染み込んだ動きはそうそう取れはしないらしい。
( でも、あれ?こんなに高く飛べたっけ? )
飛び越えられた男がすぐに方向転換すると、同じように後ろから突撃して来ていた男達とぶつかって共倒れた。
がホッとした矢先、顔の真横を鋼が切り裂いていった。
どうやらまだ山賊の仲間が居たらしい。
怯えてる暇もなく、僅かに散った髪と男の殺気をも巻き込んで第二陣の刀が降りかかる。
とっさに袴の帯に差していたもので男の刀を受け止めると、さっきよりも高い金属音が辺りに響いた。
耳に聞こえるのは風で葉が擦れ合う音と、互いの荒い呼吸の音だけだった。
が抵抗を見せたのに驚いたのか、それともカッターよりも少し大きいくらいのハガネに驚いたのかは
分からないが、確かに男は一瞬戸惑った。
避けられない刀を受ける為には帯にあったハガネで刀を受けたのだ。
初太刀は防いだものの、体格差や力の差はどうにもならず押され始める。
刀とハガネが擦れ合いガリガリと嫌な音を立てる背後で倒れていた男達がこちらに向かってきている気配がした。
「そんな細っこいのでどうするつもりだぁ?」
驚いたのは最初だけのようで男はすぐに持ち直して口の端を上げた。
ニマニマと細いハガネとを見比べ、男はさらに力押ししてくる。
がくがくと震える腕にが焦りを感じ始めた矢先に、クラリと目の前が歪んだ。
その気持ち悪さに片膝を地面につけると男は刀を肩に担いで見下ろしてきた。
目の端に入った他の男達はもう勝負は付いたと傍観している。
こんな大事な時に眩暈なんて冗談じゃない。
勝負が付くと言う事はの死を意味しているのだ。
そんなの運命を嘲笑うかのように男は刀を振りかぶった。
「じゃーな」
強い眩暈の中、最後に見るのが男のこんな気持ち悪い哂いだなんて最悪だと息を止めた。
( あ、れ・・・?)
死んだと思った瞬間に、聞こえてきたのは聞いた事もないような重い金属音だった。
そろりと目を開けると、目の前には着物を着た大きな背中があった。
「テメェら、弱ってる男に寄ってたかっていいご身分じゃねぇか!」
突然現れた態度のデカイ男に山賊達は目を見開き、穴が開くほど見つめている。
山賊達が驚いていた理由は助けてくれた男を見るとすぐに分かった。
大きめの刀を構えてた男は隙がないのではないかと思うくらいすごい迫力だ。
それにはオールバックな髪も、頬にある大きな傷も一役買ってたんじゃないかと思う。
要するに山賊達はこの男にビビッた訳だ。
「お膝元で悪さしようなんて思った事を恨むんだな」
そう言って立つ男に怯んでいるのを隠すように大声を上げて山賊達が一斉に突撃していった。
眩暈のせいでぼんやりとしか見えなかったが、男は確かにに笑い掛けた。
微笑むとかいう可愛らしい物なんかではなかったけれど。
そして勝負はホントに一瞬だった。
急に静電気のようなものが目に見えたかと思ったら、男が刀で空を切った。
その瞬間、山賊達が叫び声を上げて地に転がった。
何が起こったのか、一瞬にして山賊達は焦げ、呆気なく片が付いた。
煙たい焦げ臭さの中、振り返ったその人はを抱き起こし、頬を叩いて意識を確認した。
「おい、しっかりしろ」
「・・・遠山の」
「あぁ?“とおやま”じゃなくてここは“えんざん”だが・・」
「・・・・・・金さん」
「は?おい!しっかりしろ!」
( 金さんが助けに来てくれたから、もう大丈夫。)
慌てる彼をよそに、は僅かに残っていた意識を手放した。
* ひとやすみ *
・謎の男、金さん!おわかりですよねー?笑(08/11/09)