ドリーム小説
「すごい数の星だな…」
気が付いたら目に飛び込んできた満天の星空。
は黒いキャンバスに散りばめられた無数の瞬く星に素直に感嘆した。
「キレイ…」
驚きと感動を込めてそっと呟いた時になってようやく、外気に触れる肌寒さと水音を思い出した。
首を回してみると、の身体は川の浅瀬の中に仰向けで倒れており、水が口元まで迫ってきた。
起き上がって身体の外傷を確かめてみると、着ていた紺の袴がびしょ濡れであること以外は特に何もなかった。
あるのは右手に握った見覚えのある小刀だけだった。
状況が未だに分からないは、とにかく川に座り込んだままの身体を何とかしようと飛沫をあげて立ち上がり
川縁にあった手頃な岩に腰を下ろした。
見渡すとそこは全く見覚えの無い森のようで、本当に木と川ぐらいしかない。
この寒空の下、サラサラ流れる川の音や、歩く度に鳴る砂利の音が小憎たらしいくらいである。
「なんでこんな事に」
小さく呟いた言葉は誰に届くでもなく、眼下に広がる闇夜の森に溶けていった。
先程まで自分の家に居たはずだった。
いつものように高校に行って、何気なく授業を受けて、久しぶりに部活に顔を出し、帰りに偶然通りかかった友達と
少し話し込んで何事もなく家路についた。
何もかもいつもと変わらないものであるはずだった。
( なぜ・・? )
この少女、斡祇は受験戦争真っ只中に置かれた所謂、女子高生である。
家には祖父と父、母、兄の五人で暮らしており、家には何故か小さな道場があった。
道場の神棚には、祖父が勝手に家宝と呼んでいる小刀、『泡沫』が置かれていた。
ちなみに泡沫の刃は何も切れない。刃が木で出来ているからだ。
木刀となんら変わりない小刀なんて両親は全く興味がないらしく、見向きもしない。
に言わせれば、かなり大き目のペーパーナイフだ。
もう少し小さければ活用されていただろう。
祖父は昔、鍛冶場で働く職人だった。
小さい頃に一度だけ鍛冶場で刃物の造り方を教えてもらった事がある。
が初めて造った物は使い物にならず、祖父に鍛え直してもらって、最終的に細く短い果物ナイフのようになった。
はハガネと呼んでいるが、小さくて使い勝手が良いのでいつも持ち歩いていたりする。
刀身が家宝の泡沫に少し似ていて、なぜかあれ以来、泡沫に愛着が湧いていた。
道場は兄が時々、上手くもない剣道で使うくらいで、家で特に何か教えているわけでもない。
しかし、誰が言ったのか『道場に上がるなら正装せよ』
兄と祖父が時々していた瞑想に交じりたくて、袴を着る様になった。
小さい頃とは偉大だ。何が面白いと思ったのか、瞑想がしたいなんて昔の自分に尊敬の念すら覚える。
たかが瞑想だけなのに袴を着ないと、兄が竹刀を持って追い掛け回してくるのは厄介な事、極まりないが
今はもう癖で帰宅後には袴を着る様になっていた。
だから今日も袴を着て、道場の床に座って、とりとめもない事を考えていた。
そうしたらなぜだか急に『泡沫』が気になって手に取ってみた。
すると耳元で名前を呼ばれた気がしたので振り返ると、すでに世界は暗転していた。
「気付けば川の中で大の字」
濡れた袴に夜風があたって思わず鳥肌が立つ。
寒さを振り払うように、濡れて頬に張り付く漆黒の髪を乱暴に振り払う。
はとりあえず自分の所持品を確認しようと懐を探った。
「泡沫でしょ、あ、財布・・中味は少ししか濡れてない。携帯・・も無事だけど電波なし。困ったな」
身体を少しよじると腰辺りからシャラと微かな音がした。
手で探ってみると専用のいろは包丁がぶら下がっていた。まるで特殊なウエストポーチの様だ。
いろは包丁は祖父がの為にと造ってくれた様々な包丁で、夕飯の時に母を手伝うのに使っていた。
三つ折り式の革布の中に包丁をしまい革紐で結び、それにベルトを通した物を腰に巻き付けていた。
「あれ?でも今日はまだ付けてなかったと思うんだけど」
不思議に思いながらも深い闇に包まれていく森を抜けるのを優先し、頼りにしていた携帯の圏外の二文字を見て溜息をついた。
「とりあえず道に出なきゃ」
暗くて何かの生き物の鳴き声がする森の中、道なき道をひたすらに歩いた。
濡れた袴が重く、吹き付ける風が容赦なく体温を奪っていく。
辺りは見た事のあるような木ばかりで、目新しい物が何一つ無い。
なぜ自分はこんな森の中に居たんだろう。
不安ばかりが募り、足も段々動かなくなってきた。
すると少し拓けた場所に木製の建物が見えた。
何より人の気配がする。
その気配にホッとした途端、気付けば囲まれていた。それも十人くらいの男達に。
(何なんだ、この人たちは?いい大人が何のコスプレ集団だ)
明らかに服装が可笑しく、いかにも山賊を名乗って金品置いてけって言い出しそうな格好をしている。
コスプレにしてもこれは何ともマニアックすぎる。
「出会っちまったのが運の尽きだな!悪りぃが金目の物置いてきな!」
予想通りの決まり台詞に祖父と並んで見ていたベタな時代劇を思い出した。
うちの演劇部がこんな衣装着て下手糞な殺陣やってたなぁ、などとぼんやり思っていたら痺れを切らしたのか
イライラした様子で持っていたボロ刀で斬りかかってきた。
そのあまりの勢いに辛うじて刀を避けると、ビィィンと金属特有の音がした。
驚いて左腕を見ると、斬られた袖元と金属の枠に傷の入った腕時計が覗いていた。
「ほ・・本物の刀?」
この時になってようやくは自分の命の危険に気付いた。
格闘技など何一つ知らないがこの大勢の男達を相手になんて出来るはずもない。
背筋が凍るように冷たいのに、頬を汗が伝う。
見た限り、さっきより勢い付いてる彼らは見逃してくれそうもない。
( 自分はここで死ぬのだろうか )
せめて遺体は綺麗なままがいいなどと、妙に落ち着いてきている自分に思わず笑いが出る。
その苦笑を聞きつけた殺人鬼が怒りを露にして大声を上げた。
集団でコスプレして、本物の刀で殺そうなんて、今の時代はホントに狂ってるなと思ってしまった。
「何笑ってやがるッ!!」
その声を皮切りにして、暗い夕闇の中、一斉に刀を振りかぶって襲い掛かってきた。
* ひとやすみ *
・basara連載、はじめましたvvどうぞよしなに(08/11/05)