ドリーム小説

どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう・・・!

僕はひたすらに走った。

さんの大きなコートが風を受けて激しくはためく。

コートで顔を隠しているし、眼鏡もなくて、視界は最悪だけどそんなことを気にしている場合じゃない。

さんは怖い人かもしれないけど、悪い人じゃなかった。

真っ白な拳銃を見た時は殺されるかもしれないって思ったけど、怒鳴られたのも抱き寄せられたのも全部僕を守るためだった。

最後に見たさんは笑っていた。



『怖い事に巻き込んで悪かったな。全部夢だったらよかったんだが』



それから僕は言われるままに、その場を一目散に逃げ出した。

さんの携帯を握り締めて。

商店街路地裏のダンボールの影に隠れた僕は震える手で着信履歴の一番上の執事という人に電話を掛けた。

早く早くと祈っていると、女の人の低い声が聞こえた。




「た、助けて!さんが連れて行かれちゃった!」




その電話の数分後、僕はとんでもない物を見た。

真っ赤なスポーツカーから降りてきた女の人は真っ赤なスーツを着ていて、

何も言わない内に僕を後部座席に放り込んで信じられない事に商店街を爆走し始めた。

その人が言うには、速い車と近道を計算したまでだそうだ。




「主人がGPS付きのその携帯を託したという事は、私の仕事は貴方を守る事です。

 ご自分が持っていて下されば捜索が楽だったんですが、彼は貴方を優先したようですから」




その言葉に僕はハッとした。

さんには僕だけ逃がして携帯を手元に残しておく選択も出来たはずだ。

あの人はきちんと僕を守るために、あえて携帯を・・・。




「さて、詳細を話していただけますか」






***






僕はさんにコートを被せられ、きつく抱き締められていたから実の所話せる内容は少ない。

犯人の顔は見ていないし、周囲もちらりと覗いた程度だ。

賞金首とかいう言葉が現実にあったことすら知らなかったけど、さんを見た後だと不思議と驚かなかった。

二人の会話で分かった事は、さんは賞金首で犯人はそれを追ってきた人だということだ。




、本当にいたんだな」

「・・・・?」

「かたしろを起こして行方を晦ました伝説のヒットマン。だがどんなに探しても痕跡すらない。むしろキャバッローネの

 作り話だったとした方が現実的じゃねーか。だが数年前、奴は兄であるお前に懸賞金を懸けて捜索し始めた。

 それが今年に入って取り消された。見付けたからに違いないと踏んだ俺達はボンゴレからお前の居場所を割り出した」

「なぜそこまでして俺を追う?」

「お前と跳ね馬の関係は知ったこっちゃねーが、知ってるか?お前を消した奴は英雄になれるんだぜ?」




嬉しそうに声が高くなった男の声に鳥肌が立った。

ピリピリとした雰囲気が強くなった所に、男は息を吐いて軽く笑った。




「まぁ、気楽に行こうや。どう転んだってお前は俺に付いて来るんだからな」

「・・・どういう意味だ」

「この姉ちゃん、だーれだ?」

「ティエラ?!」




僕には一切何も見えなかったけど、さんの知り合いでティエラという人が人質に取られてるってことだけは察した。

また強くなった腕の力に小さく呻くと、さんはハッとして僕に謝った。

それから僕にだけ聞こえるように言葉を落とした。




「コートに携帯がある。執事に連絡を。助けてくれる。合図したらひたすら走れ」




どうやったらあんなに口を動かさずに喋れるのだろうか。

小さく頷いた僕を見て、さんは男と交渉を始めた。




「分かった、従おう。ただし、この子は逃がしてやってくれ」

「無理な相談だな。現にここまで話を聞いてる」

「決裂か。ここは実力行使になるのか、やっぱり」




嫌な空気が膨れ上がる中、さんは綺麗に笑って巻き込んだことを僕に謝った。

そしてカチャリと金属音がした途端、鈍い音がズガンと鼓膜を叩いた。

空気が固まるとはあの時のようなことを言うんだ。




「悪い。あんまり怖いんで萎縮して犬猫に発砲してしまった」




その一言で僕はようやくさんが銃を撃ったんだと気が付いた。

微かだけど植え込みで呻く人の声がいくつかしてる。

そんな所に人がいたなんて全然気付かなかった。

当のさんは萎縮も何も金の瞳を光らせて口端を上げていた。

余裕綽々だった男は怒りを顕わにして銃をさんに向けた。




「てっめぇ・・・!」

「行け!」




さんは白い銃に付いてる剣で銃口を叩き上げ、鉛玉は空へと飛んでいった。

ハッとしてさっきの言葉が僕に向けられた物だと理解すると、言われた通り僕はその場を逃げ出した。

根拠なんてないけど、さんなら大丈夫な気がしたんだ。






ここから先は僕にも分からないけど、僕はあれから連れて来られたマンションの一室で執事さんに全てを話した。

彼女は眉間に皺を寄せて、深く溜め息を吐いた。

不安が表情に出ていたのか、彼女は僕に1つ頷いて大丈夫だと言った。




「道理でティーと連絡がつかないはずです。申し訳ないですが入江氏、ただ今人手不足のため私が護衛に就きます。

 ですが救出のために私は動かなければなりません。同行願えますか?」

「・・・そ、それでさんが助かるなら」

「結構。心配には及びませんよ。主人がこれしきのことでくたばる訳ありませんから」




淡々とそう告げた執事さんがすごく逞しかった。

何だか変な事に巻き込まれたけどさんに助けてもらったんだから今度は僕が助ける番だ!




「では、護身用に」

「えぇ?!銃とか無理です!使えません!!」

「・・・そうですか。では仕方ありません、これを」

「ちくわ?」

「えぇ。ちくわは万能です」




さっぱり理解出来なかったけど、自信満々にそう言うので一応貰っておいた。

何でちくわなんだろう・・・?

そこに若い外国人のお兄さんと黒いスーツの強面の人達がわらわらと侵入してきた。

僕はちくわを振り回しながら執事さんの影に隠れた。




「あぁ、ちょうどいい所に手駒が来ましたね」




眼鏡を押し上げて小さく笑った執事さんがここにいる誰よりも怖かったのは気のせいだよね・・・?


* ひとやすみ *
・とことん巻き込まれ人生の正ちゃん。
 そして夢であって欲しいと一番強く望んだのはおそらく主人公。笑
 久しぶりに出ました!万能ちくわ!笑
 いつまで経っても彼女はぶっとんでますねー。                    (10/05/20)