ドリーム小説

兄さんに女がいた。

それも酷く真っ赤でケバケバしい女だ。

顔は不細工ではなかったけど、兄さんと比べれば誰だって劣って見える。

兄さんの趣味に文句を言うつもりはないけど、あんな腹に一物ありそうな女は僕が許さない。

大体、兄さんが僕に彼女を紹介出来なかった事からしても、碌な女じゃないに決まってる。

草壁元副委員長が兄さんは特定の女を作らないと言っていたのに。

あのマンションから応接室に戻った僕は肖像画が消えた壁を見た。

兄さんがここに来たのも、僕に帰れないと言うためだったに違いない。

兄さんに会えないわ、肖像画は捨てられるわ、僕は散々だ。

それもこれも全部あの女のせいだ。

女の素性を調べていた副委員長は不意に思い出したように振り返って言った。




「委員長、例の件ですがやはり企業の殆んどが何者かに乗っ取られていました。

 トップの名を吐かせようとしても誰も口を割らず、手の込んだ事に翌日には接触した者は皆行方不明です」

「へぇ、風紀に楯突く奴がいるとはね」

「はい。唯一分かった情報は執事チクワという名の女がトップ代理とかで」

「何それ」




偽名にしても執事チクワなんて馬鹿にするにも程がある。

最近になって並盛の企業を裏で操っている人間がいる事に気付くなんて屈辱的だ。

ムカムカしてると副委員長が困惑したようにパソコンから顔を上げ、言い難そうに口を開いた。




「委員長、奴です。さんが入ったマンションの所有者が執事チクワになってます」




面倒になった僕は直接兄さんに問いただそうとメールで帰宅するようにお願いして家で待つことにした。

しかし、待てど暮らせど兄さんは帰って来なかった。

兄さんは僕よりあの女を取ったのだ。

当分、兄さんには会いたくない。

だから風邪をこじらせたから入院すると言って家を出たけど、直後に父さんのゲラゲラ笑う声が聞こえた。

・・・いつか絶対咬み殺す。






***






入院は思った以上に退屈だった。

あまりに暇だったので同室の患者とゲームをしてみたけど、話にならない。

病院では静かにって習わなかったの?

沢田綱吉を咬み殺しても赤ん坊は出てこず、ガッカリしてベッドに戻ればすぐに戸が叩かれた。

勝手に入って来た侵入者に視線を向けると兄さんだった。

・・・・今更、僕に何の用があるの?

素っ気無く帰ってと言った僕に兄さんは黙り込んで金の瞳を細めた。

もしかしたら怒ったのかもしれない。

ベッドの傍に立っていた兄さんは深く溜め息を吐いて呆れているようだった。




「何が気に食わないんだ、恭弥」

「・・・兄さんはいつも澄ました顔で僕には何も教えてくれない」

「何の話だ?」

「そうやってはぐらかす。僕に言えないことを彼女には笑って言うんでしょッ」




僕よりも彼女の方がいいんだと言った自分の言葉が不愉快で、僕は憂さを晴らすように気が付けば兄さんに飛び掛っていた。

兄さんは筋肉の動きを見てすぐに僕の腕を押さえ、ベッドから落ちた僕を守るように下敷きになって床に倒れた。

これくらい避けられない訳がないのに、兄さんのそういう優しすぎる所が僕を落ち着かせなくさせる。




「あー、大変兄弟仲睦まじい所、申し訳ないのですが失礼しますね」




突然声がしてそこに立っていたのはあの真っ赤な女で、僕は思わず声を上げていた。

兄さんの怪訝そうな声を余所に彼女はニィと口端を上げて僕を見下ろす。




「あぁ。主人の弟さんですから私にとっても弟のようなものですか。初めまして恭弥君」




兄さんを主人と呼ぶ女に思わず驚いて、二人を見比べると珍しく兄さんが焦ったように僕を見ていた。

主人と呼ばれる人は一家の主や夫、または仕える人と限られ、アイコンタクトで秘密をバラした事を嗜める兄さんと、

それを見て謝るように肩を竦めた彼女の関係は一目瞭然だった。


まさか兄さんが僕に隠れて結婚までしてるとは思わなかった・・・!


鎮火し始めていた怒りがまた込み上げてきて、動揺している兄さんに詰め寄れば女が口を挿んできた。

大体、全ての元凶は全部この女じゃないか。

そう思うと同時に兄さんを振り切り女に殴り掛かったけど、女は取り出した棒で僕の攻撃を受け止めた。

馬鹿にしてるのかちくわで攻撃をいなした彼女は声を低くして僕に向かって暴言を吐いた。

化けの皮が剥れたおばさんに言葉を返せば兄さんが止めに入り、素直に従う女を憎々しげに睨む。

その直後、派手に扉が開いて違う女が飛び込んで来て、兄さんに抱き付き頬に口付けた。

会いたかったと言わんばかりにイタリア語で何かを喚いた女を見ても、眼鏡の女は溜め息を漏らしただけだった。

赤いのと結婚してたんじゃないの?




「・・・どっちが兄さんの嫁なの?」

「何の話だ」

「いい、恭弥君。結婚なんてものは戸籍上の形式であってあんな紙切れに意味はないわ。世の中には事実婚という・・・」

「ややこしくなるからお前は黙ってろ」




混乱している僕を放って、女二人は跳ね馬がどうだとか、緊急事態だとか不穏な言葉を発している。

何なの、いきなり人の病室に押しかけて来て。

チラリと兄さんを見ると疲れたように額に手を当てて溜め息を吐いていた。

兄さんを困らせてる女達を睨みつけると病院崩壊も有り得ると赤い女が僕を見て、イタリア語女も納得したように頷いた。




「あぁ、ブラコンなのね」




否定はしないけど、他人にそう言われるとムカつく。

兄さんは女に甘いから、僕が注意していてちょうどいいんだよ。

何が来るのか知らないけど、兄さんに付き纏うのがこれ以上群れたら咬み殺す。

そう視線を向けるとイタリア語女が兄さんを引っ張って出て行った。

追い掛けようとすると赤い女が行く手を阻む。




「何なの、君は」

「勘違いしているようですが私もティーも様の妻ではありません。ですがそれ以上の関係を作ってきたつもりです」

「それ以上の関係って何?さっきのあの女もそうなの?」

「どんな関係かなんて私の口からはとても言えませんが、ティーも同志です」




それってお互い公認の愛人ってこと?

僕に隠れて何やってるの、兄さん・・・。

特定の女を作らないってそういうことなの?

すると女は小さく笑って、僕を見た。




「恭弥君にはまだ分からないでしょうが、いつか様がお話下さるでしょう」

「別に聞きたくないよ、そんな事」

「お怒りになるのは最もですが、様が話さないのは恭弥君を本当に大切にしているからです」




愛人の女の口から兄さんが僕を大切にしてると聞いて、何とも言えない気持ちになった。

おかしな表情をしているだろう僕を病室に残したまま、女は一礼して出て行った。

・・・・兄さんのバカ。


* ひとやすみ *
・ようやく恭弥視点を入れられました!!
 これでも半分ほど削ったんですよ!!笑
 お兄ちゃん大好きな弟に喋らせたら物凄く長くなりました・・・。笑
 さー、今回はどれだけ延びるかなー・・・(遠い目                   (10/03/16)