最弱ヒーロー

66.誇りより大事なもの！

「・・・ティエラ」

「どうしてそんな目で私を見るの、」




ティエラはテュールの妹だ。

スクアーロが約束を守って、ヴァリアーから遠ざけたはずのテュールの妹が名前を変えてヴァリアーにいた。

これが意味する物とは一体何なのだろう。

スクアーロの口からティエラの名前が出て散々驚いたが、どうやらあの様子ではスクアーロはこれを知らないらしい。

剣帝の情報を徹底して消した事と、その家族に興味を持たなかった事が徒になった。

てか、ティエラが持ってるそのでっかい剣が気になるんだけどな、俺・・・。

彼女の左右に付いてるホルスターの中身は空っぽ。

愛用の二丁の拳銃はいずこへ？




「あぁ、この剣？これは兄さんの物なんだけど、よく斬れるの」




な　に　が　？！

怒ってる！！何だか分かんないけど、このお姉さんめちゃくちゃ怒ってるー！！

美人の迫力に怯える俺にギンギンの殺気を向けるティエラ。

こ、怖いよ！！




「一体、ザンザスに何を吹き込んだのか知らないけど、貴方目障りだわ。

　せっかくここまで上手くやってきたのに貴方のおかげで丸潰れよ！このクーデターは起きなきゃいけないの！

　兄さんを奪ったあの男達に鉄槌を下さなきゃいけないのよ！」




その言葉で俺は最初に彼女が俺に力を貸して欲しいと声を掛けてきた事を思い出した。

まさかそれがクーデターのためだったとは。

つまり彼女はクーデター起こしてアイツらが消される、もしくは責任問題で処罰されるのを狙ってるってことだ。




「悪いけど、ここで大人しくしていてもらうわよ」




猛ダッシュで走ってきたティエラは思いっきり剣を振り回して俺を狙う。

ギャー！！頚動脈！！何で急所ばっか狙うの？！

俺は必死に避けながら、その辺にあったダンボールを蹴飛ばして足止めをさせる。

すっぱりと切られたダンボールに血の気が引く。

マジで良く斬れる刀デスネ・・・。

てかお姉さん、剣は使えないって・・・あれ？

不意に引っ掛かったその言葉に首を傾げると、頬の横を鈍く光る鋼が通りすぎて薄皮が切れた。

危なかった、今・・・！！顔切れたじゃん！！

その時、俺は不幸にもガンマンにあるまじき、彼女の間合いを思い出してしまった。

そう言えばティエラは剣を「使えない」じゃなくて「使わない」って言った・・・。




『どうも剣の扱いが下手で抜くと周りを無茶苦茶にしちゃうし、加減が分からないから大変な事になっちゃう』




この場合、大変な事になっちゃうのは俺だよねー？！

ギャー！！それって本当は使えるんだけど、ってことじゃん！！

そういう事は最初に言えよー！！

容赦も隙もない攻撃を避けながら俺は追い詰められたことを知った。

死ぬのはいやー！！

取り出したの背剣で攻撃を捌いて、やりたくないけど足で剣を持つティエラの手を殴打する。

そのまま薙ぎ払うように腕を使ってティエラを床に倒して押え付けた。

やりすぎって事はないと思う。

一応、彼女も暗殺部隊だし。

肩と腕と足を圧し掛かるように固定し、身動きが取れないのを確認してようやく一安心出来た。




「何よ、その目。同情してるの？！」

「あぁ」

「馬鹿にしないでよ！私は・・・！」

「自惚れるなよ。俺が同情してんのはお前じゃない。テュールにだ」




耳元で叫び回るティエラがようやく黙って俺は僅かに揺らぐ翡翠の瞳を見た。

あぁ、やっぱ兄妹だな。綺麗な色してる。




「剣士の誇りと命を捨ててまで助けた妹が兄の想いを踏み躙って渦中に飛び込んで来てるんだ。同情もする」

「貴方にたった一人、残された者の想いの何が分かるの？！兄さんを殺し、今ものうのうと生きてるアイツ等から

　何もかも奪わないと兄さんも浮ばれないわ！！」

「それはお前のエゴだな」

「・・・何ですって？！」




息も荒く、俺を憎らしげに睨み付けてるティエラに俺は真っ直ぐ視線を返す。

ヴァリアーのボスだったテュールがスクアーロに妹の命の保障を願ったんだぞ。

それはきっと彼等にとってすごくカッコ悪い事だったはずだ。

実際、スクアーロは剣帝の誇りのため隠してやってたし。

だけどそれでも守りたかったティエラが自分のために復讐を誓って命を投げ出そうとしているのを

テュールが知ったら、絶対止めるに違いない。

なのにこの姉ちゃんは自分の悲しみの矛先をアイツ等に向けて自己満足しようとしてる。

そりゃテュールに同情したくもなるって。




「家族を失った悲しみは俺には理解出来ないし、それはお前だけの物だから口出しする気もない。

　だがな、兄のためっていうのはお前の自己満足だ。兄は誇りを捨てお前の命を選んだ。兄を想うなら命を粗末にするな」

「何なの、さっきから誇り誇りって！誇りを捨てた？馬鹿馬鹿しい！何も知らない癖に偉そうに！」

「知らないのはお前の方だ。もし負けてもティエラには手を出すなとテュールはスクアーロに約束させた」

「あ、有り得ないわ！兄さんがそんな弱気な約束する訳ないし、スクアーロだってそんな生温い男じゃない！」

「剣士が誇りを捨てることがどういう事なのかスクアーロは分かってる。

　だからこそアイツはそれを隠し、約束を守るために剣帝の情報を消した」

「嘘よ！だってあの情報は兄さんがスクアーロより先に自分で消したって・・・」

「・・・何でスクアーロが自分の不始末として笑われる事を許容し、それを自慢話にしているのか考えた事があるか？

　全ては剣帝の誇りのためだ。自分が偽装した事がバレれば、その理由も剣帝との約束も全て話さないといけなくなる」

「うそ、よ」

「何が本当で嘘なのかそんな物どうでもいい。ただ、アイツらが必死に足掻いて守った物をお前が壊すのか？

　守ったはずの妹が兄をいい訳に命を捨てようとしてるなんて憐れを通り越していっそ滑稽だな」




キツイこと言ってるけど、こうでも言わなきゃティエラは止まらない。

彼女が何か起こせば、処罰は免れないだろう。

それだけは何としてでも防ぎたかった。

ポロポロと翡翠から溢れる水に俺はようやく彼女から離れられた。




「ず、るい。今更、そんなこと言う、なんて」

「憎むなとは言わない。でもティエラ、お前、スクアーロのこと、嫌いじゃないだろ」




黙りこくったティエラは何か可笑しな物でも見るような目で俺を見た。

不思議な沈黙が続く中、彼女は小さく「何でも見透かしたように言うのね」と呟いた。

そんなつもりは全くないんだけどな。

そして彼女は最後にこう言った。




「・・・私、の事、嫌いよ」




あ、そう・・・。

地味に傷付いた俺に鮮やかなエメラルドは優しく微笑んだ。