ドリーム小説
俺が温室に行ったのは、何となく、ただそれだけだ。
だが、そこで俺がという奴に会ったのは、会うべくしてだったのだ。
キャバッローネのボスとその息子が来ていると散々周りに聞かされた。
やれ丁重に相手をしろ、やれ奴らに会うな、と誰も彼もが俺に指図する。
んなもん俺には関係ないし、他人に興味なんかねぇ。
ウゼぇ奴ならカッ消すだけだ。
屋敷中がその噂で持ち切りで、俺はその喧しさから逃れるように温室へ向った。
そこなら誰も出入りしないし、奥には俺のために造ったというテラスがある。
そんなモン俺は頼んじゃいねぇが、花が咲けば外界から隔離されるその設計が少し気に入った。
設計者は俺の目に合う真っ赤な薔薇園を差し上げると自信たっぷりにそう言ったが、
傑作にも花が咲いてみりゃ、全部真っ白だったのだ。
奴はよりによって俺に一番似合わない純白を選んじまった。
今でも思い出せば笑える話に、口の端を吊り上げながら温室に足を踏み込む。
何だかんだ言いながらも俺に白というそのギャップが滑稽で気に入っている。
他の花には目もくれず、真っ直ぐに白バラのアーチを目指す。
葉が茂り、白い花で埋め尽くされたアーチの下は薄暗く、吹き抜けから覗く太陽も届かない。
そこをあっさりと抜けて、光に目を慣らす。
生暖かい空気を肌で感じた時、俺の場所に俺以外の人間がいる事に気が付いた。
俺の場所、俺の時間が穢された事に、酷く腹が立ってベンチで横たわるソイツを消そうと足を進める。
ソイツを見た途端、手に轟々と燃やしていた憤怒の炎が跡形もなく吹き飛んだ。
ゆっくりと自分の目が驚きの形を取っていくのが分かる。
気持ち良さそうに寝ていたソイツを見て、俺は馬鹿馬鹿しくも人ではないと思ってしまった。
この世の造形物ではないような整った顔立ちに、怒りも声も失う。
自分のテラスだというのに自分以上に相応しく白バラが似合う男に、俺という存在が霞んでしまったように思えた。
歓喜、焦燥、嫉妬、哀願、恐怖。
俺の中を掻き回す気持ちに説明が付かない。
早く目を開けて欲しいのに、起きて欲しくない矛盾した気持ちをどこにもぶつけられず、俺は足早にテラスを去る。
アーチを抜けて足を止めると、俺に似合うという赤いバラが俺を出迎えた。
あの男を見た後に赤いバラを見ると何だかそれが安っぽく見えて、まるでそれが自分のようだった。
爛々と咲き誇る紅が俺のプライドを刺激し、思わずその大輪を乱暴に振り払って花びらを毟り取る。
拳の中の紅の花びらが酷く不浄の物に見えて、白が似合うあの男と自分を比較し喉を鳴らして嗤う。
「あの白を汚してやろうか」
自分でも歪んでいると思わない訳ではないが、それが物凄く魅力的な事に思えて俺はテラスに引き返した。
相変わらず端整な顔で寝ている奴を冷たく見下ろした俺は、手の中の赤を投げ捨てるようにばら撒いた。
その途端に苦しみだした男に、俺はらしくもなく慌てた。
まさか本当に赤バラに毒されたというわけではないだろうな。
そんなはずはないと恐々と奴に手を伸ばすと、金色が俺を捉えた。
黄金の瞳・・・。
奴に伸ばした手が振り払われ、飛び起きた男は顔色悪く息を整えると凛とした声を漏らした。
「、誰だ・・・?」
身体を硬直させるようなオーラに思わず、ゴクリと喉を鳴らす。
何度か酸素を吸っては吐き出し、掠れた声で俺は強がりを言う。
コイツには敵わない。
だが、俺はザンザスなのだ。
弱音や綺麗事を口にする事は許されない。
「・・お、まえこそ、誰だ」
知りたかった。
ソイツが誰で、何なのか。
ただ、それだけだったのに奴は俺に視線も合わさず、俺の問いかけにも反応しなかった。
まるで無い物とされ、俺がちっぽけな存在だと言われているようで不安になり、
ベンチの方へ足を踏み出すと奴が急に立ち上がった。
反動でひらひらと舞った赤バラに目を奪われていると、奴はそのまま俺に背を向けた。
まさか出て行くのか・・?
置いてくな・・・!
行くなッ!!
俺は遠ざかる背に泣きつく様に声を絞り出した。
「、お前・・ッ、俺がザンザスだと知っての態度かっ!」
また無視されるかもしれなかったが、言わずにはいれなかった。
俺がザンザスだと知って欲しい。
行かないで欲しい。
振り返ってくれ。
その全てを込めた言葉が通じたのか、奴は振り返って初めて俺を見た。
情けない顔をしていた俺に呆れたのか、奴はただ黙って再びベンチに戻ってきた。
***
引き止めたはいいが、どうすればいいのだろうか。
俺は奴の何も知らない。
奴も話す気は無いようで、ただ黙ってバラを愛でていた。
そういえば、先程この男は魘されていなかったか。
窺って見た所、今は顔色も悪くはない。
だが、本当にバラのせいじゃないだろうな?
恐る恐る悪い夢でも見たかと聞くと、小さく頷いてホッとするが、俺と話したくないのか黙り込んだままだ。
考えろ、考えろと頭を回転させていると、不意に奴が小さく呟いた。
「虫がいるな」
険のある鋭い声が耳を打ち、毛穴から汗が噴出す。
硬直した体で辺りを見渡せば、確かに温室の外に複数の気配がある。
虫とはおそらく俺を狙いに来た刺客の事だろうが、遠すぎて気が付かなかった。
僅かに視線を走らせてその敵の数を数えるソイツに、実力の差を見せ付けられ思わず目を瞠る。
駆除してやろうか、と含みのある笑いで俺に声を掛けた奴にこれ以上醜態は見せられねェ。
「いや、あんなカス共まとめて俺が燃やしてやる」
「燃やすのは止めておけ」
俺の見栄は奴の不快そうな表情と言葉で足蹴にされた。
俺には出来ないと言ってるのだろうか。
眉根を寄せて奴を見れば、僅かだが口の端を吊り上げて奴は笑った。
「燃えカスすら残すのも見苦しい。奴らはもとから絶たなければ」
何て威圧感だ・・っ。
消すなら完璧に根絶やさなければ、ボンゴレを狙うカス共はなくならないと、目がそう言っていた。
本能が恐怖を叫ぶ。
奴は一体何だ?
俺は無意識に答えが知りたくて声に漏らしていた。
お前は誰なんだ・・・。
「だ」
そう答えたの背後に赤いバラよりも紅い炎が燃え盛っているように見えた。
コイツに色は必要ねぇ。
白にも赤にも豹変出来るのだ。
金の奥に炎を燻らせ、は楽しそうに、恐ろしいくらい綺麗に笑って言葉を紡いだ。
「やるからには徹底的にだ、ザンザス」
の口から出れば、自分の名前すら恐ろしく感じて思わず息を呑む。
絶対的な恐怖に震える身体を押さえ付け、辛うじて俺は覚えておくとだけ搾り出した。
それからキャバッローネのボスが迎えに来て初めて、がその息子だったと知った。
と分かれてからも生暖かい温室が寒く感じるくらい、俺は恐怖で身体を竦ませていた。
俺はという赤にも白にも染まる恐怖の対象を身体に刻み込み、そして知った。
人は恐怖で人を魅了する事が出来るのだと。
* ひとやすみ *
・まだ幼いボス。
鮫がザンザスの怒りに惚れるならば、ボスはの恐怖に惚れるって話。
主人公の恐怖を真似てボンゴレで威張り倒せばいいと思う。笑 (09/06/22)