ドリーム小説

時は雲の争奪戦が始まる少し前へと遡る。

の診察を終えたアーサーは溜め息を吐きながら、退出をしようと扉に手を掛けた。

争奪戦への参加を止めろと言った所で、聞かないのは顔を見ていれば分かる。

不安要素の多すぎるこの状態を不満に思っているのはアーサーだけではない。

もちろんガレノスも全力で回避すべきだと主張している。

だが、は聞く耳を持たないし、に仕事を頼まれて別の場所にいるガレノスがここにいた所で

それは変わらなかっただろう。

それより何より、この不安定すぎる状態を理解しているのが、アーサーとガレノスのみと言うのが、

アーサーにとってかなりの負担だった。

こんな重要なことを、一体いつまで黙っていなければならないのか。

アーサーはもう一度溜め息を吐いて、開けようとしていた扉を押し開けた。

バタンと扉が閉まり、歩き始めたアーサーは三歩目でピタリと立ち止った。




「ご苦労様です。・・・それで、様の様子はいかがです、アーサー」

「・・・っリーダー」




廊下のど真ん中でこちらを見て立っていたのは執事だった。

眼鏡の向こうから覗く瞳は、まるで何もかもを見透かしているようで落ち着かない気持ちにさせる。

アーサーは冷や汗を流しながら、蛇に睨まれた蛙のように動けなかった。

ゆっくりと滑るように近付いてきた執事は、アーサーの隣に並ぶと耳元で囁いた。




「あら顔色が悪いですね。ここで少し休んで行ったらどうです。ついでに少々聞きたい話もありますので、ね」




ビクリと肩を揺らしたアーサーに執事はニコリと笑うと、見えないほど素早く拳をアーサーの腹に叩き込んだ。

突然の衝撃にむせ込む前にアーサーは意識が遠退いて、廊下に倒れた。




「・・・おやすみなさい」




歪んだ視界の中、執事の冷めた視線が向けられて、

アーサーは本当に厄介なことに巻き込まれたもんだと自嘲しながら意識を飛ばしたのだった。


















次にアーサーが目を覚ました時、時刻はすでに夜も遅かった。

時計を見てすでに雲の争奪戦が始まっている時刻にアーサーは飛び起きた。

そして、向かいのソファーで優雅にお茶を啜っている執事を視界に捉えて、一気に事態を把握した。




「・・・貴方がボスから何も聞かされず、腹を立てているのは分かります。だが、今は一刻を争う。私は失礼する」

「何か勘違いをしているようですね、アーサー」




アーサーが立ち上がり出口を目指そうとした時、執事は持っていたカップをソーサーへコトリと置いた。

その静けさにアーサーは思わずゴクリと咽喉を鳴らして執事を見た。




「ティエラと様が何かしていることは知っていましたが、私には二人のすることに口出しする権利はありません。

 けれど、私は様の計画が滞りなく進むよう、全体を見て動く必要があるのです」

「・・・そのために私を拉致監禁して締め上げると?」

「人聞きが悪い。ただ様が苦手な貴方がわざわざ張り付いて回るなんて、何か重要なことを隠していますね?」




ジッと真っ直ぐな視線を向けてくる執事にアーサーは内心かなり動揺していた。

この場を凌げる自信が微塵もない。

だが、これは全てのためであり、例え執事が相手でもその内容を言えるはずがなかった。

意を決してアーサーは口元で笑うと、自身の医療道具を掴んで腰に手を当てた。




「・・・隠す?私はただ言われた通りにボスを監視しているだけですよ。嫌々ね」

「なるほど。隠しているのは様の命令なのですね。私相手に突っ撥ねるのは、圧力がかかってるから。

 ティエラの命令に従っているのはそうする必要があるから。傍にいることを許している様は貴方に用があった。

 医者の貴方に用があるとは、一体何なのでしょうか」

「・・・・ッ」




冷静に分析を進める執事をアーサーは心底恐ろしく感じていた。

これだから、有能な人間は怖い。

思考を整理するように話す執事にアーサーはイライラと叫んだ。




「いい加減察して下さいよ!言えないものは言えないんです!争奪戦は始まった。私が行かないとマズイことになる!」

「いいえ。貴方が秘匿していることは様の身体のことでしょう。ならば全て吐くまで行かせるわけにはいきません」

「!!」




立ち上がった執事はちくわ棍棒を手にアーサーの前に立ち塞がった。

アーサーも引くわけにはいかず、臨戦態勢でメスを構えて腰を落とす。

睨み合いが続く中、突如鳴り出した携帯に執事はアーサーから視線を外さずに出た。




「はい」

『チクワ!!お願い、の容態がおかしいの!アーサーを今すぐ連れてきて!』

「・・・ティー?一体何があったんです」

『分からない!分からないわよ!!』




電話口で混乱するティエラが叫びまくっており、執事は眉根を寄せた。

奇しくも目の前にアーサーがおり、視線を向けた執事は、目の前に迫ったメスにギョッとして飛び退った。

医療道具を掴み今にも飛び出して行かんばかりのアーサーに目を瞬く。




「だから言わんこっちゃないんだ!そこをどきなさい!時間がない!」

「貴方もティーも一体何だというのです?様に何があったんですか?」




扉を開け放ったアーサーを慌てて止めに入った執事は、必死に暴れるアーサーを掴んで首を捻る。

行かせないと後悔するぞと執事を睨んでアーサーはもがき続けている。

それでも手を離さない執事にアーサーは大声で叫んだ。




「もうボスの身体は争奪戦に耐えられるほど体力が残ってないんだよ!」




アーサーの叫びに執事はビックリして、掴んでいた手を思わず放した。

魔弾のように飛び出して行ったアーサーの背中を見送って、執事は耳に残った言葉を繰り返した。

体力が残ってないとはどういうことか・・・?

不意に最期に見た赤の魔女の姿を思い出して、執事はサーッと顔を青褪めた。

もう主を失うのは、絶対嫌だ・・・!




様・・・っ!!」




執事はなりふり構わずアーサーを追って、必死に争奪戦が行われている並中へと走った。


* ひとやすみ *
・タイトルの意味は診断。兄様に一体何があったのか?!
 154話の続き的な話でした。執事はティエラや兄様が動いていることを知っていました。
 それを泳がせていたのですが、雲行きが怪しくなってきたので把握のため動きました。
 さて残す所、あと数話となりました!最後までお付き合いお願いします!!          (12/09/09)