ドリーム小説

嵐の争奪戦の後、どこかに出掛けて戻ってきた様は私の知る様とは遠くかけ離れた別人にしか見えなかった。

酷く刺々しい殺気を放ち、瞳はギラギラと鈍く光り、近付けばその暗く重いオーラで人が殺せてしまえそうだった。

自室の前で待っていた私は、様が一歩こちらに近付いてくるたびに呼吸が出来なくなる感覚さえしていた。

口を閉ざしたままの様は私に声を掛けることもなく、自室の扉に手を掛けてハンカチを受け取り消えて行った。

顔を血で汚している出で立ちは皆の琴線を大きく掻き鳴らしたようで、その後、ヴァリアーは騒然となった。

ティエラもカメラであの様子を見ていたようで、カメラ越しでも肌が粟立ったと涙を浮かべながら

並盛での惨殺事件が起こってないか調べ回っていた。

この私でさえもあの殺気を思い出すだけで眠れなかったくらいだ。

あれが・・・。

触れば斬れてしまうような研ぎ澄まされた冷たさに、私も肌を震わせた。


その翌日、様は何でもないような顔をして現れた。

昨夜の騒然となった事態にさすがのザンザス様も動揺して、今朝から落ち着きなく過ごされていたというのに

ケロリといつも通りの顔をして様は首を傾げていた。

怒鳴るザンザス様との応酬もよく見るいつものままで、私はどこか安堵していた。

そしていつものようにザンザス様に振り回され、様は連れ出されて行った。

まさか昨夜の事件が霞みに消えるほどの衝撃がこの後私を襲うとは知りもしなかった。








***








様の部屋に片付けなければならない案件の資料を運び入れていた時にそれは起こった。

突然、大きな音を立てて扉が開き、昨夜のような威圧感をばら撒く様がやってきて、ソファーに雪崩れ込んだ。

よくよく見ればまた怪我をしてるようで、様の手からポタポタと血が落ち、手の甲がキラリと反射している。

様がまき散らす殺気が痛く、私は喘ぐように息を呑んだ。




・・・っ?!」




するとそこに大慌てでやってきたティエラが飛び込んできた。

ティエラはその優秀な思考で様の状態を読み取ったらしく、重苦しい空気に思わず息を呑んで声を漏らした。

賢明にも余計なことを言わないように自らの口を押えて、様の殺気に震えながら私の隣へにじり寄ってくる。


――ちょっと、また、何であの状態になってるの?

――私が知るはずありません

――いつものに戻って出掛けたんじゃなかったのー!


アイコンタクトで意思の疎通を図り、ティエラの泣きそうな視線でハッとして、私達は様を見た。

ダルそうにソファーに身を預ける様に私は声を絞り出した。




「・・・様、ザンザス様とお出掛けになったと聞いてましたが、ザンザス様は?」

「知るか」




吐き捨てるように呟いた様に隣に居たティエラが震え上がった。

どうやら地雷を踏んだらしい。

どんどんと刺々しくなる殺気にあてられて、手先が冷えていくのが分かる。

眉間に深く皺を寄せて不意に様が舌打ちをして、思わず私達は身を固くした。

恐怖で震えるティエラを一先ずここから離れさせようと、私は救急箱を持ってくるように囁いた。

ぎこちなく頷いたティエラは身を翻し、私は僅かに息を吐いた。

まさか私達が様に脅かされる日が来るとは・・・。

だが、あの時、呪縛に囚われてから、私達を罰する権利を様は持っているのだ。

なるようにしかならない。

私の心の呟きに合わせるように、様が呟いた。




「疲れた。酒が呑みたい」

「・・・そのためにはまず、その手当てをさせて下さい」




心が定まり少し落ち着いたのか、ようやくまともなことを話せた気がした。

鏡が刺さったままアルコールなんて入れれば、血が止まらなくなる。

好きにしろと言わんばかりに手を差し出す様に近寄れば、ティエラが横からピンセットを差し出した。

様の足元で手当てしていて感じるが、やはりこの距離では威圧感が半端ない。

緊張に強張る私達に様は容赦なかった。




「レディに会った。いつ俺がそんな馬鹿げたことをしろと言った」

「「・・・っ!!」」



どんな攻撃を受けてもこれほどまでに堪えるものはなかっただろう。

声が、出ない。

身体がまるで呪いでも受けたかのように動かなかった。

ティエラも同じようなもので、大きな目を見開いて様を見上げていた。




「どうやらレディも間違えるようだな。お前達がシトに従うことが俺のためになる?・・・笑わせるなよ」




様の手を掴んだままの私に、様は嫌な物を見るかのように顔を歪めてそう吐き捨てた。

様が私達の行為に、主の行為に立腹されてる。

それは分かる。それだけは分かる。

だが、この込み上げてくる言い知れない感覚は何だ?

次の瞬間、様は黄金の瞳を鋭く光らせて、力強く私達を見つめた。




「お前達は俺のものだ」




その迫力に気圧されて私達は息を呑むしかなかった。

今まで様は私達を目下に見たことはなく、それどころか対等であるように接していた。

彼にとって私達はあの方からの預かりものなのだとばかり思っていた。

それが今、様が私達の上に立った。




「レディが偉大なのは俺もよく知っている。だが、俺を守る?舐められたもんだ。俺はそこまで脆弱な雛じゃない。

 それでもなお、お前達が俺でなく彼女を選ぶのなら、この俺がお前達の中の魔女を潰してやるよ」




悪い顔をして口端を上げた様は文句なく強者のオーラを纏い、殺気を抑えることなく晒している。

ただ主の同胞として、仲間として存在していた様の姿はどこにもなく、

それどころか今は主に牙を剥いている。

立ち上がり、視線だけで私達を縫い止める様に私は恐怖と敬愛を身を震わせるほどに感じていた。

殺気を駄々洩れのまま愉快そうに様は恐ろしく綺麗に微笑んだ。




「お前達の主は誰だ?」




反論を許さないその言葉に私達は自然と頭を垂れて、強者へと身を差し出した。

これをあの方は予知されていたのだろうか。

いや、おそらく主も視えていなかったに違いない。

・・・あぁ、もう主と呼ぶのはおかしいな。




「我が主は様をおいて他には存在しません」

「永久なる忠誠を貴方に」




これからは様が私の主。

俯いた下で私はこのあまりに愉快な状況に笑いを噛み殺した。

あの赤の魔女の予言すらも捻じ伏せてこの方は上に立つ。

それの何と滑稽で清々しいことか!

鼻を鳴らしてソファーに沈み込んだ様はまるで魔王の如く宣言した。




「終わらせるぞ」




私とティエラはその強力な言霊にしっかりと頷き、魅了されるように膝を折った。

――すべて主の仰せのままに。


* ひとやすみ *
・少し長くなりましたが、これでぐしん編前編終了とさせていただきます。
 切るとは言いましたが、気持ちの問題ってだけなので、見た目も中身も特に
 変わりません。さて、執事視点で見ると勘違いの恐ろしさに身震いがします。笑
 次は雨戦です!ドギマギして書いてますので、また来ていただけると嬉しいです!! (12/03/28)