ドリーム小説

「くっそ・・・・!!」




ガァンと派手に耳障りな音が響いた。

壁に殴り付けた拳に自分の爪が食い込み、傷を付けている。

どんなに食いしばっても、噛みしめた歯の隙間から堪えきれない呻きが漏れてしまう。

ここに来るまでにどれだけ怒りに任せて拳を叩き付けてきたのか覚えていない。

気付けばすでに俺の手は擦り傷だらけで血が滲んでいた。




「何でこうなるんだっ・・・!!」




表現しようのない怒りに任せてもう一度拳を振るえば、パリンと音を立てて壁が砕けた。

右手に走った僅かな痛みに少し冷静になって、今俺がいるのがエレベーターの中だったことに気付いた。

どうやらホテルのエレベーターの鏡を叩いていたらしく、割れ落ちた鏡と手に刺さる破片を見て俺は力なく腕を落とした。


もう訳が分からなかった。

ただでさえ自己嫌悪でぐちゃぐちゃだったっていうのに、追い打ちを掛けるように九代目がモスカの餌食になった。

これじゃホントに俺は疫病神じゃねーか。

この事態は全部俺のせいだったと知ったが、不幸中の幸いにもモスカは起動していなかった。

だから俺は混乱の最中でもこれ以上の被害が出ないように動こうと決めていたんだ。

なのにどうしてこうなるんだ!!


チンと軽快な音を立てて目的地に着いたことをエレベーターが報せ、開いた扉から俺はゆらりと足を踏み出した。

いつの間にホテルに戻ってきたのか、最近こんなことがよくある。

今更そんなことには驚かないし、俺が滞在してるフロア警備の下っ端ヴァリアー達が俺を避けていくのもどうでもいい。

自室に入ると片付けをしていた執事が俺を見て僅かに息を呑んだが、俺は気付かぬふりをしてソファーに崩れ落ちた。

何かもう、疲れた・・・・。




・・・っ?!」




突然飛び込んできたティエラは俺を見て失礼にも小さな悲鳴を上げて口を手で押さえた。

それから怯えるようにティエラは執事に駆け寄って、二人は再びを俺を見た。




「・・・様、ザンザス様とお出掛けになったと聞いてましたが、ザンザス様は?」

「知るか」




あのバカ、俺の気持ちも知らないで勝手に九代目をモスカに詰めやがって。

九代目に俺の属性を読まれたのは仕方なかったとしても、アイツが反対してれば回避出来てたかもしれないのに。

もうこれは九代目に仕返し云々の話だけじゃなくなってきてるんだぞ。

このまま行けば原作通り、お前の身も危ないんだ。

ままならない状況に舌打ちすれば、僅かに身を震わせる二人の姿が目に入る。

俺が生まれたことで原作から反れていっているのだとシトが現れたのに、今の状況はあまりに矛盾している。

確か前にもこんな風に思うことがあった。

理由も状況も全然違うのに、気付けばなぜか原作通りになっている。

考えても考えても分からない現状に俺は早々に諦め、眉根を寄せて息を吐いた。




「疲れた。酒が呑みたい」

「・・・そのためにはまず、その手当てをさせて下さい」

「・・・あぁ」




忘れてた。

執事が指差した先は俺の手で、視線を落とすと手の甲に突き刺さったままの鏡の破片がキラリと反射した。

ゆっくりと歩いて近付いてくる執事はソファーの前に来ると、静かに跪いて俺の手を取った。

いつの間に用意したのか、ティエラが執事の隣で救急箱を開けて消毒液を持っていた。

まるで腫物でも扱うように恐る恐る破片を抜き取る執事と、

いつもより呼吸浅く息を殺しているティエラが目の前にいる。

・・・そんなに恭しく扱わないでほしい。

俺には二人が自分を犠牲にしてまで生かす価値なんてないんだ。

ふとレディの告白を思い出して、俺は知らず知らずの内に口を開いていた。




「レディに会った」




俺の小さな呟きは彼女達に巨大な雷を落としたようで、二人は化け物でも見るように目を見開いて息を止めていた。

消毒液の瓶がカーペットに転がり、染みを作る。

執事に取られていた手に僅かに力が込められ、圧迫された傷口から真っ赤な玉が零れ落ちた。

一体二人はどれほどの決意と覚悟を胸にシトに従っていたのだろう。

二人の絶望すら滲む呆け具合に酷く心が掻き乱された。




「いつ俺がそんな馬鹿げたことをしろと言った」




不確定な未来のため、俺のために、お前達二人の今を潰してほしくはない。

しかもそのせいで今の俺が不快になるなんて矛盾もいいとこだ。

レディにも出来ないことはあるらしい。

未来が視えるからって、俺の心までは視えなかったようだ。




「どうやらレディも間違えるようだな。お前達がシトに従うことが俺のためになる?・・・笑わせるなよ」

「・・・様?」

「お前達は俺のものだ」




息を呑んだ執事とティエラに俺の方が驚く。

今更何に驚くことがある?

レディに全てを貰い受けた時から、それを望み、俺に付いてきたのはお前達だろう?

責任なんてそんな簡単な言葉で表せるほど軽くはないそれを、使うと決めた時からお前達を守るのは俺だったんだ。

なのに、レディの奴、こそこそと死んでもなお二人を裏で操りやがって・・・!

大将として今まで踏ん反り返っていた俺が、実は二人に守られていたなんて恥ずかしくて消えてしまいたいくらいだ!




「レディが偉大なのは俺もよく知っている。だが、俺を守る?舐められたもんだ。俺はそこまで脆弱な雛じゃない。

 それでもなお、お前達が俺でなく彼女を選ぶのなら、この俺がお前達の中の魔女を潰してやるよ」




二人が今まで追い掛けて来たレディの影を射殺すように、立ち上がって見下ろせばなぜだか二人が小さく見えた。

珍しく肩を震わす執事と涙目のティエラに目を細めて俺は優しく声を掛けた。




「お前達の主は誰だ?」




立ったままの俺の足元で二人は膝をついて、頭を垂れた。

脆弱な首を晒して跪く姿はまるで物語に出てくる騎士のよう。




「我が主は様をおいて他には存在しません」

「永久なる忠誠を貴方に」




酷く儀式がかった行動で示した二人に、何だか俺は守られる姫のような気分がして腹が立った。

だからお前らを守る主人は俺の方だっての!

ふん、と鼻を鳴らしてソファーに沈み込むと、またいろいろ思い出してむかっ腹が立ってきた。

もう俺は何にも気になんかしてやんねー!!

ここからは好きにさせてもらう。

丁寧に包帯が巻かれた手を執事から奪い返して、俺は力を込めて言った。




「終わらせるぞ」




そう。終わらない限りどうにもならないのだ。

決意を溢した俺に二人はニコリと微笑んでくれた。


* ひとやすみ *
・お待たせしました!ご無沙汰しております!二ヶ月近く放置しててすいません!
 久しぶりのヒーローですが、兄様キレてます。完全にキレちゃってます。笑
 不貞腐れてるとも言えるのですが、ひとまずあと一話で切りたいと思います。
 ラストまであとほんの少し。亀より遅いですが頑張るので最後までよろしくお願いします! (12/03/28)