ドリーム小説

兄さんっ・・・くっ・・・」

「目が覚めましたか、委員長」




酷く嫌な夢を見て飛び起きたが、普段にはない痛みにすぐさま布団に戻ることになった。

草壁副委員長が枕元に座って、心配そうに僕の顔を覗き見ている。

ぼんやりとここが自宅で自分の布団だと認識した。

そう理解したのはいいが、何でここで寝ていて副委員長がここにいるのか思い至らない。

怪訝そうに彼を見上げると説明してくれた。




「委員長が道路に倒れていたんですよ。しかも胴周りだけがボロボロですし、何があったんですか?」

「僕が倒れてた?」

「はい。誰にやられたんです?」




誰に・・・?

そう思った途端、昨夜の嫌な記憶が一気に蘇ってきたのだった。








***








昨夜の僕はイラついていた。

ディーノを咬み殺そうと追い掛けていたら、何だか分からないが侵入者に学校が滅茶苦茶にされていたのだ。

おまけにあの兄さんの実弟がいうには僕もあれの参加者の一人で、敵は兄さんなのだと言う。

どういうことなのか知りたくて今まで以上に兄さんを探していたら、真夜中の道で立ち尽くす兄を見付けたのだった。

すぐに問い詰めようとしたが、異様な空気を纏う兄さんに僕は近付けずにいた。

何かがおかしいと首を捻った時だった。

兄さんがポツリと呟いたのだ。




「・・・俺はここにいてはいけない」




なぜだかその言葉に酷く焦って僕は慌てて兄さんに駆け寄った。

まるで吹けば飛んでいきそうな儚さが滲み出している。

声を掛けようとして兄さんの眼を見た僕は思わず足を止めた。

いつもはキラキラと輝いている金の瞳が、今は全く熱を感じさせず恐ろしいほどに暗く濁っている。

まるで闇の深淵にでも足を踏み入れてしまったかのように、僕は身体を凍り付かせた。




「・・・兄さん?」




咽喉に貼り付いたような声が出たが、兄さんはただぼんやりとこっちを見た。

そのあまりに冷たい視線に、もはや本当に僕の方を見たのかどうかも分からない。

本当にこれがあの兄さん?

まるで別人のような冷酷な男は口端を上げて冷笑すると、口を開いた。




「あぁ。お前が来たか、恭弥」




感嘆詞を紡ぎながら、その言葉には一切の熱がこもっていなかった。

突き刺すような視線に思わず、及び腰になる。

今まで兄さんにこんな態度を向けられたことがない僕はただただ動揺していた。

圧迫感に思わず足を引けば、兄さんが視線を外して馬鹿にするように言った。




「はは、怖いのか?」




笑みを浮かべてはいるものの、興味を失ったように掌に視線を落とした兄さんに無性に腹が立った。

僕は、ここにいる・・・!

兄さんを探していた目的を思い出したら、何だか沸々と怒りが湧いてきた。

勝手にいなくなって、再会したら敵になってるとかどういうつもりなの?

どうせ戦うのなら今ここで咬み殺したって大差ない。




「・・・どうしたいんだ、お前は?」

「・・・兄さんを、倒すよ」




兄さんの笑ったままの表情を自分の言葉で崩せないことが悔しかった。

何も教えてくれなかったことが悔しかった。

戦うことで少しでも自分に興味を向けてほしいと、そう願ってトンファーを振ったはずだった。

突然兄さんは目を瞑ったが勢いを殺すことも出来ず、無防備な兄の米神におもいっきり叩き込んでしまった。

吹き飛ばされて受け身も取らず倒れ込んだ兄さんに酷く困惑した。

あの兄さんが僕と戦うことすらしてくれなかったことに酷く焦燥を覚え、泣きそうになった。




「・・・それが答えか」




力ない兄さんの声に思わずビクリと肩が跳ねた。

今、何かが決定的に崩れた気がする。

言いようもない焦燥感に心臓が激しく脈打つ。

仰向けに倒れているのになぜか威圧感が増した兄さんに僕は硬直して震える声で呟いた。




兄さん」

「止めてくれ・・・」

「兄さん?」




起き上がってこっちを見た兄さんの表情は冷たく、眉間に寄せられた皺が不快だと物語っていた。

兄さんに疎まれている。

そう感じたのは恐らく間違っておらず、身が凍るような事実に僕は愕然とした。

兄さんに嫌われることがこんなにも僕を揺さぶるなんて・・・。

悲しい。

悲しい。

悲しい。

泣き叫んでしまいたいのにそう出来なかったのは、ちっぽけなプライドと、兄の目に嫌悪とは別の、

どこか僕と似たような感情が映っているような気がしたからかもしれない。




兄さん・・・?」

「止めろ・・・ッ!俺は、もう違う!」




嫌だ、聞きたくない。

逃げなくてはと心が叫んでいるのに、いつもと違いすぎる兄の存在が足を地に縛り付ける。

兄さんが、悲しそうだ。

僕は無意識に手を伸ばしていたらしく、兄さんに振り払われて初めて気が付いた。




「俺は、もう、兄なんかじゃない」




まるで処刑台で振り下ろされた刃のようにその言葉は何もかもを断ち切ってしまった。

穿たれた棘は心の奥深くまで入り込み、絶望をまき散らす。

だけど兄さんの表情を見て一気に青褪めた僕は狂ったように何度も首を振った。

違う、違う、違う、違う、違う、違う・・・!

確かに僕は僕を拒絶する兄さんの言葉に滅多刺しにされた気分だった。

だけど、もっと早く気付くべきだったんだ。

いつもあまり表情を変えない兄さんが苦しそうに僕を見ていることを。

違う、本当に傷付いたのは僕じゃない。



兄さんだ。



僕は澱んだ瞳で闇に沈みかけている兄さんを何とかしたくて、縋るように必死に手を伸ばした。

何度振り払われようと追い掛けるのを止めるつもりはない。

今までもそうやって兄さんの背中を追い掛けて来たのだから。




「待ってよ、兄さんッ!!」

「・・・・っ」




これが最後と言わんばかりの視線を残し、背を向けた兄さんに焦って肩を掴んだ瞬間、世界が爆発したと思った。

脇腹に物凄い衝撃を感じて蹴られたのだと気が付いたのは、兄さんが次の攻撃を叩き込む直前だった。

あまりの速さに目が全然付いていけない。

兄さんは最強だと思ってはいたが、ここまで実力の差があるとは気付かなかった。

気付かせないようにしてきたのだと悟った時には、腹に拳がめり込んで地面に蹴り倒されていた。

霞む視界に僕を見下ろす兄さんが見え、掴もうと手を伸ばそうとしたが身体が動かない。

――あぁ、兄さん、




「・・・泣か、ないで」




兄の背中に慟哭が見えるような気がして、思わずそう呟いていた。

兄さんが敵になる。

兄さんが何を考え何を思い、こうなったかは分からないが、僕は兄さんを諦めるつもりはない。

追い掛けて、追い掛けて、必ず捕まえてみせるから、それまで待っていて。

腹立たしいが少しは事情を知ってるだろうあのイタリア人にまずはこのおかしな状況の話を聞かないと。

そんなことを思いながら僕は迫りくる眠気に身を委ねた。


* ひとやすみ *
・兄様が思っているよりも世界は優しかったようです。
 横暴な振る舞いにもめげずに恭弥は何かを感じ取って必死に掴まえようとしてます。
 いろいろとすれ違っていますが、そのことに気付くのは一体いつになるでしょうねぇ。        (11/11/05)