ドリーム小説

気が付けば自分の部屋へと戻ってきていた。

嵐の守護者戦もいつの間にか終わっていたようで、目の前に若干興奮気味のティエラがいる。

どうやらあの俺様王子様のベルが指輪を求めて泥仕合をしたのがツボだったらしく、肩を揺らしている。

あー、まぁ、ティエラは元ヴァリアーだからなー。

つーか、俺、どうやってここまで帰ってきたんだ?

不意にレディのUSBメモリを思い出してハッとしたが、ポケットの中にそれを見付けて安堵した。

その上、再生していたパソコンまで持ち帰っているという周到さ。

何ていうか、習慣ってこえぇ・・・。

俺はその二つの処分法を考えながら自室を出て歩き出した。



正直、レディのメッセージは精神的に堪えた。

レディがそんな前から動いてたなんて全く知らなかったし、おそらく彼女が動いたのは俺のためなんだと思う。

本人はシトのせいだと言ってはいたが、彼女はお人好しだから。

皆が皆、俺に振り回されている。

こんなにも遣る瀬無くて不甲斐無いと思ったことはない。

周りが勝手にやったことだから俺には関係ないと割り切れたらいいんだろうが、俺には無理だ。

・・・・・・俺は、転生者だ。

本来ならこの世界に居なかったかもしれない存在だ。

そんな俺のために誰かが損をしていく。

それを知って俺は初めてこの世界に生まれた意味を真剣に考えた。

もう一度俺が俺らしく生きるためにこの世界に生まれたのだとずっと思っていたから、

前世の記憶があろうとここが自分の居場所なんだと思っていた。

だけど本当は俺の存在は混乱を招いただけで、不必要だったんじゃないだろうか。




「・・・俺は世界[ここ]にいてはいけない?」




そう思った途端、急に足元が崩れ落ちたような感覚に陥って寒気がした。

自分の存在が酷く不安定で目の前が真っ暗になり、全身の鳥肌が引かない。

胸に穴が開いたようなこの寂しさと悲しさを絶望と呼ぶんだろうか。

脳が思考を拒否して、俺は暗闇に一人立ち尽くす。

あぁ、そうか、これが、この苦悩こそが、シトの試練だったのかもしれないな。

なぜだか酷く納得した俺は思わず笑みを零した。

すると笑ったことで気持ちが軽くなったのか突然視界がクリアになり、目の前に恭弥がいることに気付いた。




「あぁ。お前が来たか、恭弥」




どうやら俺の弱い心が見せたまやかしらしい。

ある意味、俺の存在意義を問うための審判として恭弥の幻が見えたのは正しいのかもしれない。

日本に来てから俺は雲雀であるように、恭弥の兄であれるように生きてきた。

だから俺の進退を決めるのに、例え幻だとしても恭弥ほど相応しい奴はいないだろう。

下される判決が天国でも地獄でも俺は全部受け入れるよ。

そう思いつつも、カタカタと情けなく震える自分の手に視線を落とす。




「はは、怖いのか?」




・・・当たり前だ、怖いに決まってる。

今までの俺の人生を、生きてる意味を、自分自身に問うのだから。

恭弥の姿をして現れた俺の貧弱な心にここで答えをもらわないと俺は前に進めない。

相変わらず剣の鋭い恭弥をもう一度眺めて一拍置いた後、俺は笑って問うた。




「・・・どうしたいんだ、 俺 [おまえ]は?」




深く考えるように目を瞑り、はっきりとした視線を恭弥は俺へ返した。

俺の方に走り出した恭弥の唇を読んで、やっぱりな、と思った。


――兄さんを、倒すよ。


恭弥の眼は俺を敵と認識しており、否定していた。

どこかで分かっていたはずなのに、存在意義を見失って胸が張り裂けそうに痛い。

走りながらトンファーを振りかざす恭弥の動きは緩慢に見えていたが、俺はただそれを受け入れて静かに目を瞑った。

ガツンと目の前が赤く見えるほどの衝撃が米神に響き、俺は勢いのままに吹っ飛んだ。

・・・どうやら俺はこの世界でも必要なかったらしい。




「・・・それが答えか」




痛いのは米神なのか心なのか。

仰向けに倒れた俺は頭から流れる血を感じながらぼんやりと空を見上げた。

くそー・・・いてぇし、悲しいし、最悪じゃねーかよ。

しかも痛いってことは、あの恭弥は本物ってことだろ。

まぁ、今となったら恭弥が本物だろうが、幻だろうが関係ない、か。

妙に頭の中がスッキリした俺は、すでに結論を出していた。

俺が生み出した混乱は俺が回収しよう。

そして、俺は・・・。




兄さん」




身を起こした俺は困惑しているように立ち尽くす恭弥に顔を歪めた。

止めてくれ、そんなに真っ直ぐ俺を見ないでくれ。

恭弥の声が胸を締め付け、息が出来ない。




「止めてくれ・・・」

「兄さん?」




止めてくれ、そんなに優しい声で俺を呼ぶな。

答えは出てるのに未練がましく引き返したくなるだろーが。

お前が兄と呼ぶたびに俺の心が悲鳴を上げるんだ。

バラバラに壊れ始めた心は酷く痛めつけられ、もはや限界だった。




兄さん・・・?」

「止めろ・・・ッ!俺は、もう違う!」




頼むから、もうそれ以上俺を惑わせないでくれ!

恭弥が伸ばしてきた手を払いのけて、くしゃくしゃの顔を上げた。

振り払われて驚く恭弥に身を切る思いで俺は告げた。




「俺は、もう、兄なんかじゃない」




断腸の思いで口にした言葉に恭弥は青褪めて何度も首を横に振って何かを言おうとした。

雲雀を捨てることは俺の居場所を、魂を捨てることだ。

だけど不必要な人間のせいでたくさんの人が苦しんでいるなら責任を取らなきゃいけない。

縋るように手を伸ばしてくる恭弥を払いのけるが、恭弥は諦めずに何度も近寄ってくる。

何度逃れても俺を慕う瞳を消さない恭弥に俺は悲しくて、嬉しくて、切なくて、堪らなくなった。

家族ごっこは終わりにしよう。

俺は振り切るように恭弥に背を向けてその場を離れた。




「待ってよ、兄さんッ!!」

「・・・・っ」




肩を掴まれた瞬間、俺は持てる限りの速さで振り返り、恭弥の脇腹を蹴り倒してすぐに次の攻撃のため踏み切った。

引き留めてくれる恭弥が愛しかった、だけどそれと同時にこの苦しみを分かってくれない恭弥が憎くて仕方なかった。

弾き飛ばされバランスを崩した恭弥を殴り飛ばして、再び脇腹に蹴りを叩き込んだ。

急所を突かれて朦朧としながら倒れた恭弥に俺はすぐさま背を向けて歩き出した。




「・・・泣か、ないで」




背中に掛けられた恭弥の声に俺はピクリと肩を揺らした。

・・・泣いてないさ。

お前を傷付けた俺に泣いていい資格はない。

俺は並盛で過ごした日々を思い出し、胸を締め付ける痛みで顔を歪めながら当てもなく歩き続けた。

俺の存在が不必要な物ならば、俺はもう誰の兄でもいられない。

そして、やるべきことをやったら、俺はどうするのだろう。


* ひとやすみ *
・うーあー!暗い!悲しい!切ない!兄様シリアスモードです。
 目の前の現実を見ないふりをして今まで通り過ごしたい。でも小心者で優しい兄様には無理でした。
 しかもまるで誘惑するように日常を引っ提げた恭弥が現れ、見ないようにしてるのに恭弥は縋ってきます。
 兄様の葛藤をダークに書いてみたつもりですが、私の力不足で上手く伝わっていないような気がします。
 ここからは他人視点が多くなってくるでしょうが、今後もお付き合いいただければ嬉しいです!       (11/10/30)