最弱ヒーロー

128.おしおき！

別に意図して遅れた訳じゃないが、時計はすでに午後十一時を回っており俺は暗い並盛町をいそいそと走っていた。

ティエラは楽しそうにチェルベッロと同じ格好をして、とっくに争奪戦へと向かった。

今日、ハルを連れ回してまで服を買いに行ったのに、結局ティエラは元のピラピラを着て行きやがった。

曰く、ハルと選んだ服を汚したくない、だそうだ。




「あー、もう始まってるだろうな」




遅れた理由は異常な程の着信履歴にある。

・・・・・恭弥だ。

修行中に並中で会ったきり一切連絡を取ってなかったせいだろうが、携帯の電源を入れてその数に悲鳴を上げた。

メールも全て恐ろしい内容ばかりで立ち直るのに時間を要したのだ。

・・・というか、アイツ、俺が争奪戦で敵側の雲の守護者って知ってるのか？

ディーノが伝えているかは分からないが、知ってても知らなくてもどっちにしろ恐ろしい・・・！

背筋を震わせていると、前方で暗い夜道を女の子二人が走っているのが見えた。

あれは、京子と、クラスメートの・・・・、誰だっけ？




「ちょ、京子っ・・・はぁ、待ってよ！・・・きゃっ」




京子を追い掛けていた髪の長い女の子は足を縺れさせて、バランスを崩した。

すぐ後ろまで来ていた俺はとっさに彼女の手を掴んで引き寄せ、支えた。

彼女の悲鳴でようやく振り返った京子が慌ててやって来る。




「花！」

「は、え、あああ、あの・・・っ」

「え、さん？」




あー、そうそう、花だ、花。

パクパクと口を開け閉めする花に余計なことをしたんじゃないかと冷や汗を掻いた。

いや、この場合、俺、どう見ても不審者だし・・・。

掴んでいた彼女の腕を離し、驚いてる京子に視線を向ける。




「女の子がこんな時間にウロついているのは感心しないぞ、京子」

「ごめんなさい。でも知り合いの赤ちゃんがいなくなっちゃって・・・」

「きょ、京子っ。この人と知り合いなの？」

「うん。お兄ちゃんが怪我した時に助けてくれた人でさんって言うの」

「あ、あの！私は黒川花って言います。助けてくれてありがとうございました！」




あーあー、不審者で怖いだろうに、礼をちゃんと言えるなんて最近の若い子は偉いなぁ。

顔を赤くしてペコリと頭を下げる花をこれ以上怯えさせないように、俺はニコリと笑って見せた。

すると花は急にフラリと倒れ、俺と京子が慌てて支える。




「大丈夫、花？！」

「どこか怪我したのか」

「大丈夫です・・・、ちょっと色気に酔っただけだから」




・・・この子は本当に大丈夫だろうか？

怪我はないようで一先ず安心した直後、微かにだが何かが割れる音がした。

二人は全く気付かなかったようだが、音の先には並中がある。




「悪いが用があるから先に行く。案内人も来たようだしな」




こちらに近付いて来る素人ではない気配が二つ。

多分、家光とバジルだろう。

行き先は同じでもこのまま二人と一緒に行く訳にはいかない。

キョトンとして二人が俺から視線を外した瞬間、俺はその場を急いで離れた。

これ以上、近付かれると家光にバレる。

少し遠回りをして並中に侵入し、校舎上から晴れの特設リングを見下ろした。

すでに了平とルッスーリアの勝負は佳境に入っているらしく、照明は消え、了平の両腕はボロボロだ。

・・・・・・・うーむ、しかし。

俺は近くにある気配に視線だけやり、顎に手を当てた。




「ルッスーリアは俺達が殺し合いでなく、わざわざ試合形式を取った理由を知らないんだよな」

「ジジイの胸糞悪い計画に乗せられてることを俺が話すと思うのか？」

「ならあれは本気で遊んでるんだな」




俺の隣に並んだザンザスは特設リングを見下ろして鼻で哂った。

やっぱ観に来たかー。

九代目に踊らされてると分かってるのに、コイツが警戒しない訳がない。

それにしてもルッスーリアは緩みすぎだな。

確かに了平との実力差は天と地ほど違うけど、試合形式といい、特設リングといい、場所といい、

全てが綱吉側に有利に作られ勝率を上げている。

ルールのないただの奪い合いなら瞬殺ものだ。

九代目の隠れた意思が見え、どうもいまいち気分が乗らない。




「あの倒れていたチェルベッロはお前がやったのか？」

「ん？いや、家光だろ。警備の配置を変えておいて正解だったな」

「あぁ、お前んとこの女達か」




そうなのだ。

ティエラは審判に振分けられていたから良かったものの、執事は最初並中警備に当てられていた。

もし執事と家光がやり合ってたら学校が吹っ飛んでたに違いない。

そうこう言ってる内に京子達が合流し、ルッスーリアのメタルニーが了平に砕かれた。

うろたえるルッスーリアに俺はザンザスを見てもう一度聞く。




「・・・アイツ、本当に仕組まれた戦いだって知らないんだよな？」

「・・・のはずだ」

「なら演技でなく本気で怯えてるのか、あれ・・・」

「ドカスがっ」




ヴァリアー幹部が格下と遊びすぎて負けたとか有り得なさ過ぎて呆れた。

暗殺部隊が任務に失敗するということは命を落とすってことだ。

つまりいつもそれだけ命懸けってことなのだ。

弱者は消されるとか言われているが、それは違う。

暗殺部隊が負ければ必然的に生きていないだけなのだ。

全く、これが任務だったら命はなかった所だっての。

油断しまくっているルッスーリアに渇を入れるため、俺はを取り出した。




「締めてくる」

「勝手にしろ。俺は戻る」




ザンザスがこの場から消えたのを見計らって、俺はグラウンドへと飛び降りた。

幹部達に気付かれる前に空中でルッスーリアにを向ける。


―――ドォン・・・ッ


ルッスーリアが派手に吹っ飛びその場にいた全員の視線が俺に向く。

・・・バ、バレてないよな？

実はは見せ掛けで、炎自体を奴の背中に打ち込んだのだ。

多少怪我はしてるだろうけど自業自得。




「負ける奴が悪い」




俺の言葉に納得するように笑ったのはベルだけで、なぜかヴァリアーの面々も綱吉達と同様に顔を引き攣らせている。

え？何で？俺の意図分かってるのベルだけ？！

ルッスーリアの戦闘不能をチェルベッロに扮したティエラが張り切って宣言し、晴れの争奪戦は歯切れ悪く終了した。