ドリーム小説

兄さんは俺の理想で誰から見ても完璧な人だった。

父さん譲りの灰色の髪に整った顔立ち、何より誰もを圧倒する金の瞳が特別なのだと思わせる。

本人は断固として俺達と同じ鳶色の目だと言って譲らないけど。

おまけにめちゃくちゃ頭が良くて、強い兄さんが学校に入ったらどうなるかなんて俺にだって予想がつく。

俺が数年遅れて学校に入った時には、すでに学校中が兄さんの虜だった。

聞こえてくる噂にやっぱりと頭を抱えたのは数え切れない。

一般とは違った上位成績優秀者専用の掲示板のトップに兄さんの名前があるのはいつもの事だとか、

射撃訓練の暴発弾から救ってもらったとか、校内イケメンランキング堂々三年断トツ首位だとか・・・。

兄さんは優しいから、またあの飄々とした顔で周りを陥落させたに違いない。


自慢の兄さんを周りが好きになっていくのは嬉しいケド、何だかとられたような気がして落ち着かない。

だから早く兄さんに追い付こうと、勉強も訓練も頑張っているのに全然上手くいかなくて。

不注意で転んで出来た擦り傷が、もどかしい気持ちと相俟ってジクリと痛んだ。

こんなだから俺は陰でへなちょこディーノって言われるんだ。


深く息を吐き出して教室に戻ろうと、廊下を進めばざわめいている雰囲気に兄さんが近くにいると分かった。

結構な人数がいる廊下で一際目立つ兄さんはすぐに見付かった。

眩しいくらいに遠いその存在に気付いてほしくて、俺は心の中で兄さんを呼んだ。

ふと俺の方を見た兄さんが少し口元を緩めた気がして、それだけで俺の心は温かくなった。

手を振ろうかと思った時に、ボソリと聞こえた声に固まった。




様がお前に笑ったと思い込んでんじゃねぇよ」




気が付けば数人の同級生が不機嫌そうに俺を見ていた。

普段、表情を変えない兄さんは他人からすると第一印象が底無しの冷たさと畏怖って奴らしい。

だけど兄さんが少し口元を吊り上げるだけで途端に神聖な物に変わる。

綺麗とか美しいとか言う言葉じゃ伝えられないのが残念だ。

そんな兄さんの微笑が俺にだけ向けられるんだと思っていたのは俺だけだったのか?

特別なんだと、何にも執着しない兄さんに好かれているのだと思っていたのは俺だけ・・・?




「へなちょこの分際であの人の側にいられるのはお前が弟だからだ」

「血の繋がりさえなければ、お前みたいなへなちょこを様が相手にするかよ」

「、弟だから・・・?」

「どうせディーノが勝手に付きまとってるだけだろ」

様は大人だから一方的なお前にも相手して下さるんだ」




言うだけ言って立ち去った彼らの背中に視点の定まらない目を向ける。

普段なら笑って受け流せる言葉がこんなにも胸に痛いのは何故だろう・・・。

それこそ、正に俺が思っていた事だったからじゃないのか。

全ては弱い自分のせいだと分かっていながら、深みへと嵌っていく思考が悲鳴を上げる。

これ以上、考えるのは嫌だ。

振り払うように軽く頭を振った俺に近くにいた友達が心配そうに声を掛けたが、曖昧にしか答えられなかった。






***






極めて明るく振舞うべし。

落ち込んでるとか俺のキャラじゃないし、何より自分のせいで周りに心配を掛けたくなかった。

いつものように昼休みにカフェテラスに向えば、案の定兄さんがいた。

周りの目をあんなに集めているのに、全く気にする事無く颯爽と歩いている。

ズキリとまた何かが疼いたけど、俺は深呼吸を一つしていつものように兄さんに突撃を掛けた。




「兄さん!」

「ディーノ」




どんなに全力でぶつかって行っても兄さんはよろめきもしない。

一体、この華奢な身体のどこにそんな力があるのだろう。

そんな事を思いながらも優しい笑顔に迎えられ、俺は思った以上に不安だったのかホッとした。

やっぱアイツ等が言った事なんて気のせいなんだ。

すると兄さんが俺の考えを肯定するように髪を撫で、神々しい微笑を見せた。

普段あまり見せる事の無いそれに、息を呑んだのは俺だけじゃない。

テラスにいた皆、兄さんに見惚れていた。




「・・・兄さん、そんな顔するのは俺の前だけにしといて」




そう呟いたのは俺の我が儘。

これ以上兄さんに憧れる奴を増やしたくないのと、右腕として兄さんの側に立つのは俺だから、という意味を込めて

言ってみたけど、兄さんは怪訝そうにしていただけだった。





***





ものすごく少食な兄さんは先に食べ終わり、コーヒーを口にして俺の話を聞いていた。

九歳の子供がコーヒーなんて背伸びしてるようにしか見えないけど、兄さんがコーヒーを飲んでいても違和感がない。

浮き足立ってベラベラと喋っているのが自分だけだと気付いて、兄さんはどんな事があったのかと慌てて聞いた。




「いつもと同じだよ」




いつものクールな顔で淡々と答えた兄さんからは何も読み取れない。

またどこかがズキリと痛んだ。

理由は分かっているのだ。

間違いなくアイツ等に言われた事を俺自身が気にしてる。




「・・・兄さんはさ、何で俺なんかを側に置いてくれるの?」




考えたくないのに零れたこの質問。

答えなんか分かりきってるのに、俺は一体兄さんになんて言って欲しいんだろう。




「大事な弟だからに決まってるだろ?」




・・・・やっぱり。

その答えを繰り返して呟いて、当然の答えに苦笑するしかない。

でも、その答えは聞きたくなかったんだ。

自分から聞いといてそれはないだろうと思うけど、じゃあもし俺が弟じゃなかったら・・・?

恐ろしくてそう聞けない辺り、俺はやっぱりへなちょこディーノなんだ。



* ひとやすみ *
・主人公より大人なディーノ。
 学校が学校なだけにみんな早熟なはず。むしろそれでお願いしますッ
 他人から見た主人公はとんでもない完璧人間。中身見せてあげたい。   (09/06/06)