でたらめギミック


03. Undergo Gringotts.


ドリーム小説
私の朝は早い。
この世界に来る前から朝はそう苦手でもなかったのだけど
と一緒に住むようになってから完全に早起き体質になってしまった。
とにかく寝るのが早いのだ。
が何の仕事をしているのか分からないけど、引っ切り無しにふくろうが飛んで来ては手紙を運んでいく。
そしてが仕事に取り掛かるのは大概夜で、忙しそうにしているのを見ると
邪魔をしないように私は部屋に閉じ篭るのだ。
そして部屋に戻ってもする事もなく、困った末に早く寝るようになっちゃった訳だ。

私はベッドから起き上がって傍に置いてあった腕時計で時間を確認した。
17歳の神埼がはめていた腕時計は、今はもうブカブカすぎて腕にはめられる事はなくなった。
窓の外を何となく覗くと少し離れた大通りをマグルのおじさんがランニングしていた。
それから温かいベッドから降りてクローゼットから薄いピンクのブラウスと
赤いチェック柄のプリーツスカートを取り出した。
校長が用意してくれていたあのフリフリビラビラの服はに見付かった途端に姿を消した。
ビシリと音でもしそうなくらいに固まったが杖を振って忽然と消してしまったのだ。
それらが今どこにあるかなんて私が知る由もない。
その代わりに増えた服はどれも可愛く、私の趣味に合っていて驚いたのはまた別の話。
黒のハイソックスを穿いてニットのセーターを上から被って部屋を出た。
真っ先に顔を洗ってリビングに足を運ぶと驚いた事にコーヒーの匂いがしてきた。
案の定、いつもはまだ寝ているはずのが新聞片手にそこに座っていた。



「おはよう!」
「おはよう。がこの時間起きてるの珍しいね」



の向かいの席に腰を降ろすとは杖を振ってカップとティーセットを呼び寄せた。
もちろんそのカップは前にが買ってくれた物だ。
良くぞ聞いてくれたと言わんばかりには呼び寄せたカップを手に目を輝かせた。



「ようやく仕事が終わったんだ! 今日は好きなだけに付き合うよ」
「え?終わったの? お疲れ様」
「終わった、終わらせた。もうしない。……やらないぞ」
「……やりたくないんだね」



段々沈んでいくに苦笑しながら私は紅茶をカップに注いだ。
淹れた紅茶にミルクをサーブしているとそれを振り切るようには顔を上げた。



「終わった事はもういい。それよりずっと夜は構ってあげられなかったんだ。
 今日はのお願いを聞くよ? 何でも言ってごらん」
「お願いって言ったって……」



は事あるごとに何でもお願いさせたがる。
特に最近は夜にと顔を合わせる事が少なかったから余計にだ。
それでも私は特に不満な事はないので首を横に振ってはをがっかりさせていた。
私はミルクティーに口を付けながら考えていると、ふとが読んでいた新聞が目に入った。



「少し買い物をしたいんだけど、いい?」



はキョトンと目を瞬かせて頷いたが、今度は首を傾げていた。
そんな事でいいのか、と聞かれて逆に私が目を数回瞬く事になった。
いいも何も、元から不満なんて微塵もないし、そんな大層なお願い事なんて早々出てくるはずもない。
は立ち上がるとキッチンに向かった。
フライパンを火にかけると卵を二つ掴んで振り返った。



「じゃあ早めのご飯を食べて出掛けよう!」
「え? も一緒に行くの?」



機嫌よく卵を割っていたは眉間に皺を寄せて私を見た。
しまった。どうやら言い方が悪かったようだ。
ジュウと音を立てて焼けていく卵の音と共にの表情が暗くなっていく。



「私が行っちゃ悪いのか……?」
「そんな事はないよ! だけどあんまり寝てないんでしょ?」
「そんなの! コーヒー飲んで予定も決まって今更寝れないって」



は今度はパンを掴んで決まりだな、と笑った。






***






私は今、ダイアゴン横丁に来ています。
いつもと同じベーコンエッグの乗ったトーストを食べた後、私達は前と同じく地下鉄を使って出掛けた。
一度目よりもイギリスに慣れた私は少し余裕を持っていろいろ観察する事が出来た。
初めは当然マグルの買い物をしようと思っていた私はがダイアゴン横丁に行くと言った時、心底驚いた。
で私が思っていた事を知って驚いてはいたが。

相変わらず変な物がいっぱいあって魅力的な所だと思う。
一回や二回、ダイアゴン横丁に来たからと言って絶対興味は尽きないだろう。
と手を繋いでキョロキョロしていると前と変わらない私に呆れたのかは笑った。
それからどこに入るでもなく少し歩くと目の前には見覚えのある白くて大きな建物。



「グリンゴッツ……?」
「あぁ。ここばかりは来たくなかったが、はお金を下ろさなければね」
「あ、うん」



苦虫をこれでもかと言うくらい噛み潰したような顔をしてはそれを睨み付けていた。
手を引かれて入った建物の中は銀行というより滅茶苦茶忙しそうな空港みたいだった。
しかも受付は綺麗なお姉さんなんかではなく、何だかまるで妖怪のような人だった。



「あぁ、あれは小鬼。銀行の番人」



は私の釘付けになってる視線の先を辿ると何でもないように言って述べた。
悪い物ではないと分かったのだが、どうもやっぱり抵抗がある。
そんな引け腰の私に気付いているのか、いないのかは立ち止まった。



「鍵はあるね? じゃあそれを小鬼に見せて金庫に行っておいで」
「私が直接金庫に行けるの?」
「あぁ。ここではお客を金庫まで連れて行って自分で取って来ないといけないんだ。も経験しといた方がいい。私はここで待ってるから」



きっと不安そうな顔をしているだろう私をは送り出した。
思った通りは付いては来なかった。
は私に甘いけれど、それは親愛の情からだと私も気付いている。
覚えなければいけない事は絶対に手を貸さないし、出来る事は自分でやらせた。
それを嫌だと思った事はないし、私の為に必要な事だとも分かっている。
分かってはいるのだが、不安なものは不安なのだ。

小鬼のいるカウンターまで行くと小鬼の小さな目がギョロリと眼鏡の奥で動いたのが分かった。
おずおずと鍵を差し出すと長い指でそれを受け取った小鬼は観察するように鍵を眺め回していた。



・ウィンスコット様で間違いありませんね?」
「はい」
「………………」
「(な、何か間違った事した?!)」



小鬼が見てる。
それはもう遠慮なんか微塵もないようにこっち見てる!!
穴が開きそうなくらいマジマジと私を見た小鬼は不意に視線を逸らした。



「……では結構。ご案内致します」



ホッと息を吐いて顔を上げたら目の前にいつの間にか小鬼が居た。
驚いてカウンターを見上げると小鬼はそこに居た。
どうやら別の小鬼らしい。区別なんか付きそうもないが。



「私が案内致します。くれぐれもはぐれない様にして下さい。生きて外に出たければ」



とんでもなく不吉な事を言われて私は縮み上がりながら先を歩く小鬼を追い掛けた。
エレベーターみたいな物に乗って連れて来られた先はまるで洞窟のようだった。
小鬼が先を歩くたびに洞窟の松明が勝手に燈っていく。
辿り着いた先にはトロッコがあり、小鬼は乗るようにと言って自分も飛び乗った。
どうやら洞窟をトロッコで進むとはまるでインディではないか。
少しわくわくしてきた私を振り返った小鬼は小さく呟いたが、洞窟では反響して耳に届いた。



「手を放さないで下さい。死にたくなければ」
「は?」
「では発車します」



ガタンと動き出したトロッコは次の瞬間、猛烈な勢いで暴走しだした。
予想もしなかった出来事に物凄い衝撃が首に来て奇妙な音がした。
それからは意識はどこか遠くへ逝きました。



「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」







***






生きて地上に帰って来た時、はエレベーターのすぐ近くに居て私を見付けると駆け寄って来た。
は小鬼に礼を言うと、ぐったりした私を抱き上げた。
それから待合室の椅子に寝かされて小瓶を差出した。



「気分がよくなる。一気に飲み干した方がいい」



とにかく気持ちが悪いのを何とかしたいが為に私は縋るように小瓶を掴んだ。
中身は恐ろしいくらい真っ青な液体だったが、この際気にしない。
ええい、と飲み干すと不思議に味がしなかったので思わず空になった小瓶を眺めた。



「楽になった?」
「え……? あれ、そういえば……」



がホッとしたように笑って、私は思い出したようにお礼を言った。
魔法薬とはすごい物だ。
あんなにもう二度と良くならないだろうってくらいのどん底の気分の悪さが一瞬で晴れてしまった。



、初めてのグリンゴッツはどうだった?」
「…………地獄を見たよ」
「でもあんなに怖がってた小鬼と仲良くなってたね。まさか肩組んで帰って来るとは思わなかった」
「だって怖がってる場合じゃなくて歩けなかったんだもん」



は苦笑して私の頭を撫でた。
実際、あの殺人トロッコは別としても洞窟の中は面白かった。
しかも着いた金庫は一人の貸金庫にしては大きくて驚いたものだ。
開けた中には本当にそのまま金貨が入っていて多分相当な金額だったのではないかと思う。
とにかくまた来ないためにも私は袋に詰めれるだけの金貨を詰めて、再び恐怖を味わったのだ。

少し休憩して気分も良くなった頃に私達はグリンゴッツを出た。
振り返った白い建物が目に眩しくて目を細める。
確かにここには出来る事ならもう来たくない。
初めてのグリンゴッツ体験を終えた私はを追いかけてハッとした。
口を開けてを見上げる私に気付いたのかはどうした、と声を掛けてきた。
どうかしたというか、私はある一つの考えに辿り着いてしまったのだ。



「まさか、が付いて来なかったのって……」



はピクリと眉を動かして目を逸らした。
これは間違いない。



ずるいッ!!」
「な、何の事かな? さ、さぁの欲しいものを何でも買ってあげよう!!」
「騙されないからね!! あ、待って!!」



足早に先を歩いていくを私は足音荒く追い掛けた。
何だか悔しくて腹いせに何かを強請ってやろうと心の中で誓った。



の嫌いな物が発覚した。
インディも吃驚な殺人トロッコだ。

そして私の嫌いな物もまた同じ。


 ひとやすみ

・私は絶対乗りたくありません。乗ったら最期、昇天する事は間違いない・・・(08/11/10)