ドリーム小説

逆賊を討てと叫んで斬りかかってくる偽王軍を見ていると陽子は何だかおかしな気分になった。

確かに王は自分のはずなのに、こうも凄い勢いで迫って来られると本当は自分が偽者ではないかと疑ってしまう。

陽子の迷いを寸断するようにひゅんひゅんと音を立て、白い二尾が容赦なく偽王軍を吹き飛ばした。

そうだ、私だけは迷ってはいけない。

尚隆にそう言われたではないか。

陽子はしっかりと水禺刀を握り締め、もう何度も叫んだ言葉を口にする。




「死にたくなければそこをどけ!!」




陽子の気迫との咆哮が合わさり、うねりを上げると偽王軍の士気は怯んだかのように下がった。






維龍に到達する直前、州城から飛び立った黒い烏合のような集団と陽子率いる雁の親征軍は征州の空でぶつかった。

軍の大方を留め置いてくれている尚隆に言われた通り、陽子は景麒だけを目指した。

目的は戦うことじゃなくて、半身を奪い返すこと。

真っ直ぐに走り出した王をに頼まれたは守るため並走する。

その後姿を見送った尚隆は、強大な戦力の離脱に自分で言ったことながら寂しく思った。

待ってはくれない敵軍に八つ当たりするように尚隆は味方を鼓舞し、倒しまくった。




「どこだ、景麒!」




ひたすらに叫ぶ陽子の声は剣戟で全て掻き消されて麒麟へは届かない。

戦うために来た訳ではないが、当然敵は陽子をすんなりと通してくれるはずもない。

人に剣を向けるたび心が沈んでいくのか、陽子の動きは徐々に精彩を欠いていく。

はついと目を細め、何度目かになる王の隙を埋めるように敵を吹き飛ばした。

その瞬間、白い光が瞬き、は人へと戻った。

陽子は目を丸くして、その突然の変身を見守る。

は愚痴るように自身の姿に溜め息を吐いた。




「全く、爪と髪が赤く染まってしまったではないか」

・・・、どうして?」

「隙を見せるな」

「え?」

「眼を開け、耳を塞ぐな、肌で感じろ」




の背中からは何も感じ取れないが、変身してまで伝えたいことなのだと陽子は神経を向けた。

言いたいことはよく分からないが、何か大事なことのように思えた。

怯えていた兵士が我に返り、斬りかかってきたのをは長い爪で斬り捨てた。




「止まるなよ、陽子。戦場にいるのはお前の民だ。私達が斬っているのは誰だ?お前が止まれば伸びた分だけ

 私は慶の民を斬らねばならん。それを忘れるな。冗祐、まだいけるな?」




陽子は息の仕方を忘れた。

向かってくる敵は全て慶の、これから陽子が治める民だった。

命を背負うことが重く苦しかった。

重責に耐えられず重くなった足取りのせいで、こうしている間にもまた一つ消えているのだ。

王が迷うことは許されない。

ようやく本当の意味で尚隆の言葉を理解した気がした。

への返事の代わりに陽子の瞳が一瞬赤く光る。

一度深く頷いた陽子はに背を向けて走り出した。

確信はない。

だけどこの先に景麒はいる。

猛然と走り出した若き王の背を見送って、は当然追いかけようとする敵兵に綺麗に笑った。




「この私を差し置いて、この先に行く気か?」




スーと下がった気温に兵士の動きが動揺したように止まる。

の機嫌は最悪だった。

毛が血塗れ。

足止め役は役立たず。

さっさと景麒を助けての元へ向かおうと思っていたは不可能になったそのことに大層腹を立てていた。




「こんなに血塗れではに会いに行けんではないか!!」




猛烈に繰り出されたの回し蹴りに兵士達はぶっ飛ぶ。

その鬼気迫るド迫力に敵は血の気が引いた。







***







「・・・景麒?」




ジャラリと鎖の音を立てて動いた美しい毛並みの生き物に陽子は目を瞬いた。

水禺刀の幻の中で見た生き物と同じだからこそ、それが景麒だと気が付いた。

そうと知らなければ蓬莱で教室に乱入してきたあの人物と同じだとは夢にも思わないだろう。

角を擦り付けるように示す景麒の姿に、陽子は角を封じられたと言っていたことを思い出した。

角に彫り込まれた字に陽子は慶のもう一つの宝重である碧双珠を翳した。

水禺刀についていたこの怪我を癒す不思議な珠にはここに来るまで随分世話になった。




「ありがたい。いかにも。ご苦労をおかけしたようで申しわけございません」




淡々と告げるその声はやはり懐かしいもので、陽子はクスリと笑った。

少し話してみるとお互いに気付いたことがたくさんあり、景麒はよく学ばれたようだと渋面を作った。

陽子の方も初めて会った時は自分勝手で怖い男だと感じたけれど、

よくよく話をしてみればどうやら言葉数が足りないだけで悪い半身ではなさそうだと苦笑する。




「そう。ジョウユウってどういう字を書くのか。は知っているみたいだったけど」

・・・?」

「うん。ここまで延王と一緒に助けてくれた。も州侯を説得しに飛んでくれてる」

「そうですか。彼女が・・・」




黄金色の睫毛を振るわせた景麒はどこか嬉しそうに息を吐いた。

笑顔で頷いた陽子の手をゾロリとした感覚が伝い、宙に冗祐と漢字が書かれて陽子はありがとうと感謝を述べた。

陽子はすでに拘束を解いた景麒を見て、ふと首を傾げて口を開いた。




「人の形にはならないの?」

「裸で御前には、まかりかねる」

「・・・っぷ!くくく」

!」




入り口付近に立っていたは景麒の言葉に噴き出した。

憮然とした態度でを睨む麒麟にますます笑いは止まらない。




「裸も何も、麒麟なぞいつも素っ裸ではないか!」

「転変と転化では感覚が違う」

「では着るものを調達に、とりあえず帰ろう。金波宮に戻れるまでは、しばらく玄英宮に居候だけど」




宥めるように笑った陽子に景麒は一つ瞬いて、目を細めた。

これが自分の主なのだ。

確かめるように身を伏せた景麒は陽子の足に角を当てた。




「天命をもって主上にお迎えする。御前を離れず、詔命に背かず、忠誠を誓うと、誓約申しあげる」

「―――許す」




薄く微笑んだ陽子は顔を上げた半身に手を差し出し、帰ろうと言葉を落とした。

見上げた景麒が承前と頷いたが、そこにが声を上げた。




「気が早いわ。ここからが正念場だろうが」




ズラリと部屋を囲むように現れた敵兵には陽子を見て口角を上げた。

この後、未だ現実が見えていない敵兵に陽子が怒鳴り、尚隆が乱入し、が使令に間違えられ怒り狂うことになる。


* ひとやすみ *
 ・相変わらずぶち切れてる狼。
  そして書き上げた当初、実はこの話ありませんでした。笑
  いやいやいや。一番美味しいトコじゃないですかと読み返して物足りなくなってね。
  裸で御前にっていう迷ゼリフはやっぱり外せなかった・・・!笑
  あと一話お付き合いいただければ嬉しいです。                         (10/05/14)