ドリーム小説
と六太が蓬山から帰還し、景麒奪還に向けて達は動き出した。
けれども未だ、陽子の心は揺らぎ、快い返事は貰えていない。
日に日に慌しくなり緊張感が高まる中、は与えられた自室に籠って大量の書類と格闘していた。
コンコンと戸を叩く控えめな音を拾ったは、鬼のような形相で書類を睨む主に来客を告げた。
「え?陽子?どうしたの?」
「どうしたって・・・、あの、は私を王だと言った、よね?」
歯切れの悪い言葉にはクスリと笑みを溢して筆を置いた。
向かいの席の書類を腕で強引に端に寄せて隙間を作ると陽子に席を進める。
呆れたようにが溜め息を吐き、椅子を引くと陽子は大人しくそこに座った。
「言ったも何も私の王は貴方だけですよ、我が君」
「・・・どうして皆、私なんかに期待出来るんだ?」
くしゃりと顔を歪めて俯いた陽子には目を瞬いた。
なぜだか絶対大丈夫だと思ってた人にどうしてと聞かれると逆にこちらが驚いてしまう。
うーんと唸ったに視線を向けた陽子は次の一言で度肝を抜かれる。
「
どうしてだろうねぇ・・・」
「えぇ?!」
「お前なぁ・・・」
が茶器を目の前に置くと、は卓に肘をついて直感を説明するのは難しいでしょ、と苦笑した。
薄い茶の中に映り込む自分の顔は何だか拍子抜けした顔だと陽子はぼんやり思う。
皆、私を王にしようと隙のない言葉を投げ掛けてきたのに、この呆気なさは何だろう?
何だかおかしくなって思わず小さく笑うとも目を細めて微笑んだ。
「天命が先か、選定が先かは私にも分からない。だけど生まれながらの王なんてこの世界にいないと思ってる。
王たる資質の有無なんて今の段階じゃ誰にも分からないよ。だって資質の有無を決めるのは王の軌跡を見た後の人なんだから」
の言葉は不思議だった。
誰もが玉座につけと、お前なら出来ると、陽子に言い聞かせた。
だが、の言葉は言ってしまえば、資質の有無なんかやってみなきゃ分からん!ってことだ。
捻くれた話ではあったが、独り言のように呟かれた言葉は強制力などまるでないように思えた。
だからだろうか。
不思議とその言葉は乾いた大地に染み渡る水のように陽子の心に広がっていく。
「今日からアンタ王様ね!って言われても頷けないのは分かるわ。怖くて当たり前。出来なくて当たり前。
だって今までただの一般市民だったのよ?だから王様は誰もが初めは手探りで進むしかないの」
「私に出来る、だろうか・・・」
「麒麟だって馬鹿じゃないんだから出来ない人間は選ばないって。出来るのにやらない人間が道を外れて行くんだよ。
それとも何?今からやらないつもりなの?」
「そんなことない!やるからには全力を尽くすけど、私は・・・」
「
なら大丈夫よ!大体、王様なんてただの旗頭で実際朝を動かすのは官吏なのよ。まぁその官吏を探すのが大変なんだけど」
「え、あの、・・・?」
マシンガンのように話すの眉間に皺が寄り、だんだん内容が愚痴になってきた。
は何度目かになる溜め息を吐いて、困っている陽子に温かいお茶を注ぎ直した。
しばらく放っておけという一言も忘れずに。
どうやら鬱憤を全て吐き出したらしいは冷めたお茶を飲み干して、陽子へ視線を向ける。
「で、何だっけ?」
「え?えーと、私は延王のように豊かな国を作れると思う?」
はキョトリと目を瞬き、それまでの勢いを収めて陽子の問いに一呼吸置いた。
も不思議に思ったようで黙り込んだを見る。
「雁は確かに豊かで平和で理想的だよ。だけど理想と目標は違う。陽子はどう頑張っても延王にはなれないし、
逆を言えば延王は陽子になれない。今の雁があるのはこの国の気候や民や官がいたからで、延王の真似をすれば
慶が豊かになるとは思えない。大事なのは陽子が陽子らしくあること。そうすれば豊かさなんて後から付いてくるから!」
楽しげに笑ったに陽子は噴き出した。
おかしな話だ。
結局、の話にも何一つ根拠なんてないと言うのに、なぜだかがそう言うとそんな気がしてくるのだ。
「不思議だな。はまるで王になった私を見てきたみたいに話すな」
「当然!私には見えるもの。それで心は決まった?楽俊に散々説得されたんでしょう?
じゃなきゃ王になる事を前提に私に話なんか聞きに来ないよね?」
「・・・って、もしかしてエスパー?」
目を丸くする陽子には噴き出し、つられるように二人でケラケラと笑い続けた。
これを期に、二人の新たな長い旅が始まるのだ。
* ひとやすみ *
・いろいろな作品を同時執筆してますが、玉簪に戻ってくると
ヒロインのおかげでへにょっと力が抜けます。笑
この話は何となく例の楽俊に障りあるあのシーンの後だと思って書きました。笑
なので陽子も王様の道を選ぶことを前提に不安をぶちまけてるんですが、
それもこれもヒロインは全部まるっとお見通しでした。笑 (10/03/20)