玉簪は白銀におぼゆ

48. 友人の提案だから越権じゃないよね？

「まさかまたここに来るなんてね」

「出来るものなら来たくなかったがな」




豪奢な部屋を眺めて苦笑したには溜め息で返した。

容昌の街で陽子と楽俊に出会い、互いの状況を軽く確認して尚隆と共に玄英宮へ上がった。

そこで延麒である六太とも再会しては詳しい現状を知った。




「お前、意外と冷静だったな」

「何が？」

「浩瀚のことだ」




あぁと納得したようには小さく息を吐いた。

紀州が落ちた。

これで残されたのは麦州のみで、すでに偽王軍が向かっているらしい。

州師のみでは膨らんだ軍には到底敵わないだろう。

荒れる慶を思うと辛くない訳がないが、は立ち止まっている暇はない。




「何があっても振り返らないと州侯と約束したからね」




の力強い声には安堵した。

例え強がりでも主の毅然とした姿は心強い。

ただでさえ状況は最悪だ。

景麒は捕まり国は偽王に支配された上、塙王が陽子を狙い、そして主の王である陽子は帰還を願って即位を拒んでいる。

これでは誰だって嘆きたくもなる。




「過ぎた事を悔やんでも仕方ないし、私は出来る事をするだけよ。それよりも・・・」




の心が見えているようにそう言ったに驚きながら、背後に近付く気配に気が付き固い表情で頷く。

それよりも先に何とかしなければいけないのはこっちの方だ。

衝立の奥から入室してきた尚隆と六太は神妙な顔付きをしてそこに立っていた。






***





と雁主従が出会ったのは今からおよそ九十年も前の事だ。

あの頃、彼等にとってはただの海客で人間で、まさか今もそのままの姿で会うとは思ってもいなかった。

ましてや使令でも麒麟でもないを引き連れ、自らを杜憐泉だと名乗るは最早不可解でしかない。

明らかに怪訝そうな顔をして訪ねてきた玄英宮の住人達にはおかしそうに笑った。




「改めましてお久しぶりです。さっきもとまたここに来るなんてと話していたんですよ」

「おまえ、何者だ？」

「使令を下げろ、黄猿。それ以上に敵意を見せてみろ。容赦はせんぞ」

「六太、下がれ。あれなら本当にやりかねん」

「ちょっとちょっと！ケンカするなら出て行って下さい。私、寝ますから」




ピリピリした空気にの一言で亀裂が入った。

気の抜けた一同は小さく溜め息を吐いて、困ったように尚隆が口を開いた。




「前に会った時は仙ではなかったはずだ。それに憐泉を名乗るとはどういうつもりだ？」

「どうもこうも慶に仕えて仙籍に入っただけだし、頂いたから名乗ってみただけですよ。あ、お茶いります？」




のらくらとかわされてやるせなくなっている雁主従の気持ちがには痛いほど分かった。

かつては自分ものこの緩さに苛立ったものだ。

は愉快だとそんな二人を鼻で笑って、の代わりに茶器の準備を始めた。




「まぁ座って下さい。単純な話ですが、杜憐泉は名前ではなく称号なんですよ。だから私は二代目」

「称号？そんな話聞いたことないぞ」

「おそらく誰も知らんはずだ。憐泉のは真名で、のは称号だからな」

「確か前に憐泉を見付けたと言っていたはずだが、それは・・・」

「憐泉は私の祖母です。蓬莱で生き、父を産み、私を育てた人です。今はもういませんけど」




前例のない事態に目を瞬く雁主従を余所に、は茶を啜った。

もし本当にが杜憐泉なのであれば、の存在は瑞花という例があるため納得がいく。

宝重と同じく値段のつかない慶の秘宝、宝獣。

各国上層部でその存在は確認されているものの、詳しい事は主以外誰も知らない。




「祖母の名を語れるほど私は偉くないけれど、私の指針は見付かった。そのためなら使えるもんは使いますよ」

「ふざけるなよ！貰ったから名乗ってみたってそんな簡単に言うけどなぁ・・・！」

「、その名はそんなに軽くはないぞ」




雁主従の厳しい声には僅かに目を細めた。

・・・・馬鹿者共めが。

コトンと茶器を机に置いたは空いた手を組んで、ゆっくりと視線を上げた。




「私は真面目に言ってるつもりですが？」




目が合った瞬間、ピリリとした威圧感に六太は怯み、尚隆は眉根を上げた。

一気に部屋を包んだ緊張感に二人が喰われたことをは覚る。

は強欲でしたたかだ。

その発言や手段がどんなに風変わりであろうとも、根は酷く熟考されていて緻密だ。

普段のあどけなさすら己の鋭い牙と爪を隠す武器にしているようにさえ思える。




「確かに祖母には遠く及ばないけど、国の非常時の今使わないでいつ使うんですか？

　国が滅んでからじゃ遅いんです。使える物は使うし、私の王が望むなら例え越権行為であろうと私は手段を選びません」




真っ直ぐ真摯な目を向けられて雁主従は用意していた言葉を呑み込んだ。

は話の主導権を握るとニッコリといつもの笑顔で二人を見て、再び口を開いた。




「さて一つ相談なんですけど、主上が他国に援軍を要請し共闘するのは覿面の罪になりますか？」

「おいおい、まさかおれ達に軍を動かせと言ってるのか？！」

「もし叶うならご助力願います。景麒を助けるにも陽子と私だけでは無理だし、麦州師と合流したとて無謀でしょう。

　軍をお借り出来れば一番いいんですけど、私も詳しくないですから伺ったんです。

　それに軍が動けば早く解決出来て、雁に流れる難民も止まってそちらとしても好都合じゃありません？」

「、お前なぁ・・・。まぁ、基より陽子には手を貸すつもりだったが、そればっかりは天に聞いてみんと分からんな」




尚隆の言葉を聞くや否やは蓬山へ聞いてくると言って、六太の首根っこを掴んで部屋を出て行った。

有無も聞かずに強引に六太を連れて行った白い人に苦笑した尚隆は、を見て口を開いた。




「お前の王は国を捨てると言うのに、どうしてお前は陽子のためにそこまでする？」




はキョトンとして尚隆を見る。

どうしてと言われても秋官がやらねばならない事をが別の手段を使ってなしただけだ。

例え延王との交渉が越権行為だろうと、にとってはそれは罪ではない。

偽王軍を放置し、民を見捨て、宮に引き篭もって非を叫ぶ愚か者こそが罪なのだ。

それにには確信があった。




「陽子は私の王ですよ。そして彼女は間違いなく慶に安寧をもたらす名君になる」

「なぜそう思う？」

「勘！！」




楽しそうな表情でそう叫んだに尚隆は思わず腹を抱えて笑い、彼女の勘に少しばかりの期待を寄せることにした。