ドリーム小説
景王舒覚が退位してからすぐに景麒は新王の選定に入った。
本当の所はいろいろあったのだが、これが一般的に知れ渡っている話だった。
景麒と別れてからはすぐに街へと下った。
特に行き先があった訳ではなかったが、楊州、紀州と慶を見て回わり、その凄惨さに憮然とした。
田畑は日照り、実りは無いに等しく、災害や妖魔が後を絶たない。
これでは誰も慶に居たいなどとは思わないだろう。
舒覚が予王と諡号されたと知れ渡ったのは最近の事だ。
しかし気が付けば、が景麒と別れてから二月が過ぎようとしていた。
「えー!姉ちゃんもう行っちゃうの?」
「うん。私を待ってる人が居るからね!」
「・・・誰が待ってるんだ?」
相変わらず厳しい反応のをは目で黙らせて、数日世話に世話になっていた廬の子供に謝った。
未だ予王の影響は濃く残っていて女や子供は少ないが、国境の遠い地方には隠れるように居るようだ。
すると何か叫び声が聞こえ、達が振り返ると男が何かをしきりに叫びながら走って来る。
「王旗が!瑛州で王旗が上がったらしい!!」
男の声に皆動揺を隠せず、嬉しそうにする者や訝しげに眉を顰める者で騒然となった。
は後者で、大経を行った先にある里祠の方角を見て思考に耽る。
ここの里祠では龍旗すら上がっていないのに、他所で王旗とは一体どういう事なのだろう?
王が選定されたなら龍旗がまず上がり、正式に登極すれば王旗が上がる。
いくら地方によって伝令に時差があるといっても、これはさすがに酷すぎる。
は瑛州か、と呟いて、と共にこの地を去った。
***
真相を確かめるべく他州へ向かって数ヶ月、結論から言って新王は偽王だ。
これはまず間違いないだろう。
とは龍旗と王旗について慶を調べて回ったのだが、里祠に上がっている所もあったり、なかったりでマチマチだった。
そうこうしている内に新王登極の線が濃くなり、気が付けば征州に景女王在りとの噂が立った。
しかも、それが舒覚の妹の舒栄だという。
もう何もかもが嘘臭かった。
姉妹揃って王様なんて話は聞いた事がないし、何より妹に王気があったのなら予王崩御後、景麒がすぐに気付いていたはずだ。
景麒が予王の妹の存在を知らない訳が無いし、もしそうなら今頃景麒は舒栄の隣に立っているに決まっている。
予王退位からまもなく一年が経つ。
あちこちに疑心暗鬼は広がり、偽王軍は勢いだけで反発する州侯を攻め続けている。
慶は偽王問題の戦渦に巻き込まれた上に、災害は無くならないは、妖魔は出るはで慶の民は疲弊していた。
「全く、王師は何をしてるのかしら!」
「こら、。あまりそのような事を言う物でない」
「遠甫」
振り返れば、現在が身を寄せている里家の
閭胥がそこに立っていた。
ここ北韋郷都固継の閭胥は少し前まで人当たりのきつい老婆だったらしいが、遠甫は誰からにも好かれている。
この人はとても賢い人だ。
は里の長である遠甫が教える小学にも一度顔を出したことがあったが、
読み書きや計算を教える合間にも様々な話を息抜きのようにいろいろと話していた。
ここに来る前に遠甫はどこで何をしていた人なんだろう?
「あの者達も考えなしに宮への扉を閉ざした訳ではないのだろう」
キョトンとして遠甫の言葉を聞いて、は思い当たった“あの者達”に眉根を寄せた。
朝を牛耳るあの悪鬼巣窟の官達は金波宮を固く閉じ、舒栄軍を拒んだ。
だが、王が居ようが居まいが関係ないあの官達が舒栄を拒んだのには理由があると遠甫は言う。
渋々ながらはその理由を幾通りか考え、一番恐ろしい答えに目を見開いて遠甫を見た。
「まさか、王宮の官達はあれが本当の王じゃないって知ってる・・・?」
柔和な遠甫の顔が少しばかり強張ったのをは見逃さなかった。
そんなのは有り得ない。
それではなぜ城下で偽王が国を荒らしているのに沈黙を貫いているのか?!
「分かってるのにどうして州侯を集めてあれを止めないの?!」
の声に遠甫はただ口を閉じ、目を細めただけだった。
遠甫を見ていると不思議と道が開けたように次々と疑問が浮び、その答えも見えた。
「自滅、するのを、待ってる、の・・・?景麒が新しい王を連れてくるまでの辛抱だと?」
呆然と首を左右に振るに遠甫は何と言葉を掛けようか逡巡した。
恐らく、初めはの言う通り、それでやり過ごすつもりだったのだろう。
しかし最早、舒栄軍は戯言で済まされない程の力を手にしていた。
王師と残る州師を差し向けた所で、勝負は五分あるかどうか。
溜め息交じりに空を見上げた遠甫は青空に浮ぶ白い点に目を凝らした。
徐々に大きくなるその点が白銀の狼であることに気付いた遠甫は慌てて呆然としているに叫ぶ。
「!逃げなさい!」
緊迫した遠甫の声にはその視線を追って空を見上げた。
久しぶりに見た相棒の姿にはホッと息を吐いた。
と別れたのは一月以上も前のことで、この固継には半月ほど前から世話になっている。
は妖魔ではないのだと説明しようとした声を遮って、目の前に白い狼が舞い降りてきた。
するとすぐには人の姿をとり、遠甫に向かって声を上げた。
「松伯!!生きていたのか!」
「なぜその名を・・・」
「しょうはく?」
三者が三様に反応を見せ、は怪訝そうに見てくる遠甫に眉根を寄せて自らを瑞花と名乗った。
明らかに瑞花の名に反応を見せた遠甫を見て、はようやく遠甫が憐泉を知る人物なのだと気付いた。
憐泉が姿を消してから三百年近く、その孫のと遠甫が慶で出会ったのは運命だったのかもしれない。
* ひとやすみ *
・遠甫登場!ようやく原作に近付いてきましたよ!
少し固い話が続くかもしれませんが、どうぞお付き合い下さい!
それにしても慶を内側から覘くのって難しい・・・! (10/02/04)