ドリーム小説

柳北国の首都芝草から出てきて数日、は思い出したように恭国へ入り、一路、霜楓宮を目指していた。

変わらずいつも一緒のに跨り、連檣山の頂へと向う。

慣れたように禁門へ降り立ち顔見知りの卒兵に挨拶して、王への目通りを軽い調子で頼む。

白い狼や気軽に王に会いに来るを初めて見る若い門番はただひたすらに動揺していた。

慌ててを迎えに来た大きな男には嬉しそうに声を上げた。




「供麒!!久しぶり!」

殿。あれほどいらっしゃる時は文を出して下さいと言いましたのに」

「だって文を出しても文より先に着いちゃうんだもの」




供麒は口を尖らせるの隣に並んで奥へと歩き出す。

楽しそうに会話をする主人を眺めながら、狼は二人の後を付いて行った。

迷いなく進む二人が部屋に入った時、轟音を立てて何かが飛んできた。

命の危険を感じたが素早くそれを避けると、大きな音を立てて床に落ちた。




「く、靴は危ないでしょ、珠晶!!」

お黙んなさい、このスカポンタン!!!何年音沙汰無しだったと思ってるのよ!!

 もうとっくにどっかで野垂れ死んでんだと思ってたわ!!





珠晶お得意のガミガミがの耳を激しく打つ。

殺害未遂の重い靴を供麒が拾い上げ、は相変わらず派手な衣装の女王様に視線を向けた。

するとその隣に見知った人物が立っていて目を瞬く。




「あれ?利広何してるの?」

「何って、ずっと前に清漢宮を飛び出していった馬鹿娘を連れ戻して来いって妹に強請られてね」

「げ」

「私の羊羹食い逃げしたーって文姫が怒ってたけど、それホントかい?」

「えー・・・、三十年も前のことまだ怒ってるの、文姫」




の返答にその場にいた者は皆、呆れたように溜め息を吐いた。

一体、誰に想像出来ようか。

羊羹がどうのこうの言っているこのがとんでもない人物なのだと。




「何年この私に文の一つも送らなかったか知ってるかしら、?」

「えーと、朝が安定してからだから・・・・十、二十、・・・あれ?珠晶もしかして登極してから八十年じゃ」

「もうすぐ九十年よ、馬鹿!!!全く、どこで何してたのよ」




が来てから怒鳴りっぱなしの珠晶の目に白い光が移り、そこには人となったの姿があった。

その隣で気軽に挨拶を投げ掛けた利広には視線で返して、の代わりに珠晶に答えた。




は昨日まで柳で官吏をしていた」

「「 柳?! 」」

「奏を出てから五十年、あちこち見て回っていた」

「うん。世界三周しちゃったよ」




何の気なしにそう言って笑ったに皆は声を失った。






***






昇山の旅を終えたは利広と言うか、櫨家の皆の推薦で奏の大学に通わせてもらえる事になった。

これが今から大体八十年前の出来事である。

それからは十余年大学で様々な事を学び、卒業後の数年間は奏の清漢宮に身を寄せていた。

多くを学び実力を蓄えたはそのまま奏の官吏になるのだと誰もが思っていた矢先、清漢宮を飛び出して今に至る。




「奏を出てからは珠晶の手伝いしたり、柳で法を学んだりいろいろしたよ。芳、雁、範、もちろん慶にも行った。

 最近の慶は治世の短い王ばかりで国はずっと乱れてるけど」

「慶?」

「うん。私、慶の秋官になりたいから」




が初めて言及したその事実に珠晶と利広は目を瞬いた。

必死に勉強していた姿を見ていた二人は心のどこかでは官吏になりたいのだろうと思っていたが、

まさか「慶の」と指定が付くとは思ってもいなかったのだ。

いつもの様子と変わらず楽しそうに話すはただぼんやり眺めていた。

この九十年、の傍に寄り添ってきたはその苦労も成果も全て知っていた。


はやはり憐泉の孫だった。

この平凡な娘が官吏と言っても誰も信じないであろうが、その才能は非凡でありそこらの者には手に負えないだろう。

各国の大司寇に面会し、外交、政治、法などの国勢を聞き出して己の力に変える辺り、平凡とは到底思えない。

誰もが気を抜く見目に騙されると、が反旗を翻した途端に骨も残さず食われてしまうのである。


が一番驚いたの才能は記憶力であった。

一度理解して読んだ文章、または耳にした言葉は二度と忘れる事が無い、ある種の瞬間記憶能力がにはあった。

が構築する法や外交政策に関しては憐泉の考えを色濃く継いでいた。

どうやら憐泉は生前、蓬莱に渡り高度化した自分の政策を孫に語り聞かせていたらしい。

憐泉がの特異なその能力に気付いていたかどうかまでは定かではないが。


そうして勉強の日々の合間に何度も何度も慶へ赴いた。

が仕えるにたる人物を探して。

まるで麒麟みたいではないかとはふと笑った。




「慶ねぇ。ま、いずれそうなる日が必ず来るんでしょうね、なら」

「うーん。出来れば奏に欲しかったんだけどな」

「あら。あたしだって欲しかったわよ。こんな掘り出し物、滅多にないんだから」

「あはは。私人気者ね」




九十年前から変わらない三人の姿をが眺めていると、は早々にここを出ると言い出した。

忙しない様子のに首を傾げた珠晶と利広には小さく笑った。




「ちょっと蓬山に。玉葉様に招待されてるの」

って一体何者なの?天仙に知り合いがいたり、蓬山にしょっちゅう呼ばれたり」

「確かにね。天仙になるのを拒んだとしか私も聞いて無いんだけどな」

「秘密!あ、そうだ珠晶。虚海側の海岸の整備を急いだ方がいい」

「・・・・虚海?・・・まさか芳が?」

「うん。荒れるよ芳は。法に託けて悲惨な刑ばかり執行してる」




法を司る秋官になりたいからすれば、それは卑劣な行為に思えたのだ。

一瞬険しく眉を寄せたが、はすぐにニッコリ笑って別れの挨拶をした。

そして来た時のように颯爽と宮を横切って、に跨り雲海の外へと舞い上がった。

目指すは懐かしき蓬山。


* ひとやすみ *
・お待たせしました!ようやく2章が始まります!
 えーと、予告していた奏をぶっ飛ばしてしまいました・・・!申し訳ない!
 しかも調子に乗って90年近くも歳取っちゃって!!
 その内、この間の話を書きたいと思いますが、何がともあれ2章もよろしくです!!(09/07/29)