ドリーム小説

更夜はろくたを蹴倒したその妖魔に目を見開く。

何て大きさだ・・・。

ろくたと同じくらいか、それより大きいか。

黄海にこんな大きな妖魔はそうそういない。

素早さは完全にろくたを上回っており、飛び掛ってきた一瞬でろくたは後ろに吹っ飛んだ。




「ろくたッ・・・!」




地に伏せたろくたに駆け寄って傷を見るが、怪我は無いようだ。

更夜がどうしたものかと視線を向けると、妖魔の翡翠色の目が更夜を捉えていた。

大きく長い二尾をユラリとそよがせて悠々と二人を窺っている。

見れば見るほど黄海に相応しく無いように見えるその妖魔に更夜は目を細めた。




「白銀の毛並みに翡翠の眼。美しい狼だ」




呟いた言葉を聞いていたのか、ろくたが更夜の傍に寄り、静かに喉を鳴らす。

すでに聞き分けれるその声が更夜に困惑の色を示していた。




「・・・・生き物、じゃ、ないのか?」




すでに戦う意思のない二人に狼が立ち去ろうとした時だった。

一寸先に近くにいた鳥が木から激しく飛び去る。




「きゃあぁぁ!!」




聞き慣れた声が森中に響き、更夜は一人を残してきた事を心底後悔した。

間に合え、と焦る気持ちで駆け出した更夜の横を、白銀の狼が疾風の如く駆け抜けていった。

更夜が驚いた時にはすでに姿は見えず、認識すると更夜は顔を歪めた。




「面倒な事になった・・ッ」






***





更夜とろくたが慌ててと別れた場所へ戻ると、そこには人懐こい孟極、それに押し倒された、毛を逆立てた狼がいた。

とりあえず、命の危険はなかったようであるが、いろいろと疑問が残る。

大きな体躯の狼がに向って歩き出したのを見て、更夜は身体を緊張させた。

その狼にようやく気付いたのか、は孟極を避け、覗き込むようにして目を見開いた。




「え?!?!」




怒りを喉声で示し、狼は大きな前足を振り上げた。

あんなので殴られたらはただじゃ済まない。

更夜が一歩踏み出した途端、拳は振り下ろされの上の孟極が吹っ飛んだ。




「ぎゃん!」

ギャー!白兎!!こら、裏拳はないでしょー!




目を回しているだけの孟極には悲鳴を上げて、狼に怒鳴る。

この時になって、ようやくと孟極と狼が知り合いなのだと知って更夜は息を吐いた。

そういう事なら、もっと早くに言ってほしい。

更夜は深く長い溜め息を搾り出して、ろくたの首を撫でた。






***





「えーと、、怒ってる、よね・・・?」




の前で正座するは、目を細め自分を見下ろす狼に冷や汗を掻きながら言い訳する。

すでに更夜とろくたは完全に無視。

無い物として扱っている。




「振り返ったら迷子だったし、アイテっ!・・何でか私も誘拐されて、イテっ!気が付いたら黄海で・・あう!




が話すたび、無言での尻尾がピシリとを殴って行く。

ふさふさの尻尾であるが、ポニーテールが武器になる程度には痛いのだ。

涙目になりながら、完全に目が据わっているに肩を震わす。




うわーん!ゴメンなさーい!簪失くしましたー!煮るなり焼くなり食べて下さぁいっ




さめざめと泣きながら、ついに耐え切れなくなったは頭を床に擦り付けて謝ったのだった。

俯いて顔の見えない主が泣き濡れているのが手を取るように分かり、は鼻先でを突いて顔を上げさせる。

涙が零れる目を瞬かせるの涙を舐め取ると、はさらにクシャリと顔を歪めての首に抱き着いた。




「ごめんね・・・ごめんね・・・大事な簪失くしちゃった・・・ゴメンね、、」




首元の毛に埋まるようにして、話すの肩は震えていた。

憐泉との大事な思い出の品で、を繋ぐあの玉簪を失くしてしまったのだ。

自分の仕出かした事の重大さがの胸に重く圧し掛かる。

はしっかりと自分に抱き着いて離れないの声をただ黙って聞いていた。




「今の私じゃの、言いたい事が分からないよ・・・・」




の苦しそうにくぐもった声が悲痛さを際立てて、に届いた。

やっぱり簪失くして怒ってるんだろうねと自嘲気味に呟いたの耳がそよぐ。

急に喉を鳴らしたが少し離れると、途端には人の姿になった。

さすがにこれには驚いた更夜が視線を向ける。




「人妖?!」

・・・・今はお前は後回しだ、




青筋立てて更夜をチラリと見たは、座り込むを見下ろした。

涙の溜まった目を揺らして見てくる主には前髪をクシャリと掻き揚げて溜め息を吐いた。




「だからお前は大馬鹿者だと言うのだ。私が怒っているのは簪を失くした事ではない。

 賊に解放された後、なぜ私を待たなかった?なぜ一人で黄海になど入った?なぜ・・・・」




言葉にならないもどかしさは、長かった主のいない生活を思い出させる。

再会すれば言ってやりたい事がたくさんあった。

たくさん叱って、たくさん毒吐いて、たくさん扱使って・・・。

だけど、いざを前にすると、それらが一遍に押し寄せて言葉が上手く紡げない。



深い深い溜め息と共にゆるゆると首を振るの言いたい事がは分からず、首を傾げて白い人を見る。

一月以上離れていた懐かしいその人の表情が、見た事無いくらい悲しそうで思わずが手を伸ばすと抱き締められた。




「心配したではないか、この大馬鹿者!!!」




ぎゅうっときつく締め付ける腕がの物だと感じた時、の涙腺はまた決壊した。

わんわんと泣き付くの背をは泣く止むまで、優しく撫で続けた。


* ひとやすみ *
・お、おおおお待たせしましたー!!
 引っ張りに引っ張った割りに大した事無い再会で申し訳ない!
 てか、裏拳・・・、白兎、ごめん・・・・・。           (09/06/19)