ドリーム小説

気が付けば背後に立っていた人。

整った顔立ち、女性にしては少し低い声、左側に纏められた髪が風に遊ぶ。

視界を埋め尽くす白乳色に感覚的にこの人がの家族なんだと思った。

白い人という言葉ほど的確なものはない。

衣服も白ければ髪も白い、おまけに肌まで白ければ、がそう表現した事はあながち間違いではないな。

という名であろうその人は不機嫌そうな表情を浮かべ、切れ長の目の奥で翡翠色が不釣合いに揺れている。

それはそうだろう。

黄海まで追い掛けて来て、この場にがいないのだ。




は、どこにいる?」




地を這うような声が静かに響き、珠晶も頑丘も気まずそうに視線を逸らしていた。

気まずい事この上ない。

今まさにを見捨てると言う話をしていたのだから。

そんな事は関係ないとばかりに同じ事を今度は利広に問うた。




「どこだ?」

「・・・はそこの崖から足を滑らせて落ちたんだ。この高さではおそらく、」




崩れやすそうな崖の急な斜面に視線をやったはそうか、と呟いて溜め息を吐いた。

訪れた沈黙に耐え切れなかったのは珠晶で。




「ごめんなさい・・・っ!でもを見捨てるなんて、やっぱり・・!」

「珠晶、落ち着いて」

「でも!」

「うるさい、喚くな」




心底不機嫌そうに顔を歪めたは少し声を張って、取り乱している珠晶を黙らせた。

その迫力に利広はを怖がるのも無理はないかもしれない、などと場違いにも思った。

腰に手を当て、邪魔そうに前髪を払ったは混乱している珠晶に声を掛けた。




「あのが崖から落ちたくらいで死ぬ訳がない。大体あの馬鹿娘はいつもいつも事件を起こしては私に迷惑を掛ける。

 全く、残される側の身にもなってみろと言うんだ。本当に手の掛かる・・・」




仮にも生死不明の家族がいる人間が、心底呆れたように溜め息を吐くだろうか。

彼女の愚痴とも言える言葉を聞いて、皆一様にポカンと口を開けていた。

本来ならば、怒り、そのような言葉に耳を貸す事などないのだろうが、面倒そうに零すを見ていると、

何故だかが本当に生きているように思えるから不思議だ。




さんが、崖から、お、ちた・・・?」




不意に割り込んだ男の声に一斉に振り返ると、室季和の家生の鉦担が血の気の引いた顔で呆然と立っていた。

をつけていた事といい、やはりに何かあるのかと利広は眉根を寄せた。

そんな利広の思考を遮り、が鉦担に声を掛ける。




「お前が言いたい事は大体わかるが・・・、それはに直接聞け。私がそれを受け取る事は出来ん」

「あ、あなたは、その、・・・知ってるん、ですか?」

「事情は知らんが、それはでなければならん。私はあの馬鹿のただの侍従だからな」




何の話をしているのかその場にいた者は全く理解出来なかったが、の侍従だと聞いて驚いていた。

主と家生、主と杖身、主と侍従。

その双方の間には途方も無い差がある。

しかし、は家族なのだとあまりに嬉しそうに言うから、まさか主従関係だとは思いもしなかったのだ。

三者三様に驚くのを見て、眉を上げたに珠晶がそれを伝えれば、は意外にも柔らかく笑って零した。




「あれは馬鹿だからな」




血の繋がらない侍従を家族と呼ぶ人達を利広は知っていた。

たとえ対等でなく、絶対に覆らない関係であろうとも、その間に生まれた絆が無二のものに成り得る事を知っているのだ。

利広の家族と共にある彼女のように、もまたに寄り添ってきたのだと利広は感じた。

先程のからは想像も出来ないその慈愛に満ちた表情は、金色の優しい彼女に勝るとも劣らないものだった。

珠晶と頑丘は首を傾げていたが、それを知る利広だからこそ二人の絆の強さに気付いたのだ。




「私はを追う。珠晶と言ったか、アイツは私が蓬山に連れて行くから、お前も進め」

「え?追うって言ったって・・・!」

「無事に辿り着け。でないとが悲しむ」




知りたい事を知り、言いたい事を言ったは、軽く伸びをして珠晶に薄く笑った。

何故だか嫌な予感がする。

が消えた崖に視線を向けたが、一気に深い暗闇に飛び降りたのはそのすぐ後の事だった。

珠晶の悲鳴にならない声と、周りの息を呑む音が聞こえた頃には、すでにの姿はなかった。



* ひとやすみ *
・名前だけ、むしろ様子だけですが奏国の麒麟、昭彰が登場。
 そういや利広は太子だったよね的な。笑
 本人達より利広の方が絆を悟ってるよ。というより、2話連続でヒロイン不在?(09/06/11)