玉簪は白銀におぼゆ

30. 今度会ったら皮剥いで食ってやる！

「何だ、これは・・・」




と白兎は昇山者達が進んだ道を追って拓けた場所に出て辺りを見回した。

そこら中が血だらけで、人だった物や妖魔の死骸があちこちに散らばっている。

おそらく野営をしていた最中に襲われたのだろうとは理解し、足元の墨となった小枝を蹴った。

まだ僅かばかり温かい灰に昇山者が去って間もない事を察し、血の海を見渡した。




「この肉の中にいたら許さんぞ、っ・・」




ギリギリと拳を握るに同意するように白兎も歩き回る。

ここに来るまでにも妖魔に襲われた形跡がいくつかあったが、ここまで酷い物ではなかった。

だからはをあまり心配していなかったのだが。

ここに来てはに妖魔との戦闘を教えておけばよかったと感じていた。

そうすればこんなにもモドカシイ気持ちにはならなかった、と遅すぎる後悔を胸に抱いた。

は気付いていなかったが、これまでの旅の中では妖魔に会わないようにする方法や

無一文で生きる方法を叩き込んできた。

は物知りだねー、などと言っていたがあれは馬鹿だから、とは主を思い薄く笑った。

あれに戦闘を教えなかったのは、必要ないからだ。

自分さえ側に付いていればが傷付くことは有り得ない。

・・・・・・そう、思っていた。

は何とも言えない表情でその惨状をもう一度見た。

人間は、脆い・・・。

酷く脆弱で愛おしいくらいに愚かしく、果敢ない耀きのために突拍子もない事をして私の手をすり抜けていく。

は己の掌を見つめて、声を絞り出す。




「なぜここにいないっ・・・・・」




自分の声ではないような掠れた声が耳を打った時、白兎が勢いよく顔を上げて毛を逆立てた。

も肌に突き刺さる視線を感じたが、動く気にすらなれない。

白兎は小さな耳をピクリと動かすと地を掴んで森に駆け出した。

森の中に招かれない客が潜んでいるのを引き摺りだそうとした白兎には感心した。

少しは役に立つではないか、と思いながら白兎と客を待つ。

しかし、待てども待てども出て来ない白兎には米神を引き攣らせた。

むしろ逆に待ちくたびれたように出てきた数匹の妖魔に今度こそはピシリと固まった。

白兎、まさか、アイツ・・・。




「逃げおったな・・・」




の地を這うような声を物ともせず、妖魔が周囲をグルリと囲んでいた。

どうやら妖魔にはから溢れ出る禍々しいオーラが見えないらしい。

クツクツと身体を揺らすはエメラルドの瞳の奥に怒りの炎を燃えさせて妖魔を睨み見た。

業火のように激しい眼光は熱さの反面、辺り一帯を凍り尽くす冷たさを含んでいた。




「運がいいな、貴様ら・・・。今の私は超絶に機嫌が悪い」




見た事もないくらい楽しそうに笑ったに後ずさりしたのは獣の本能からか、毛を逆立ててじりじりと後退する。

脱兎の如く逃げ出したいのに、何かが纏わり付いているようで妖魔達は動けなかった。

不意にが目を離した途端、金縛りが解けたように身体が軽くなり、妖魔達は一斉にに飛び掛った。

ブワリと生暖かい風が巻き起こり、血の臭いと身体が浮いている事に妖魔達は気付いたが、それ以上は何も考えられなかった。

ドサリとその身体が落下した時にはすでに妖魔達は事切れていた。




「やはり人の姿では一撃ではいかんか」




は血で塗れた爪を厭うように軽く振って、その爪で切り裂いた妖魔を一瞥した。

狼の姿なら痛みを感じる前に逝かせてやれるが、攻撃がデカく返り血が凄い。

は溜め息を吐いて狼に姿を変えた。




『すまんな、毛が血色に染まった状態でに会う訳にはいかんのでな』




そう妖魔の骸に言い訳するように語り掛けるが、白い狼は喉を鳴らすとすぐに走り出した。

もう聴こえてはいないだろうが、と小さな呟きを残して。






***






白兎がいなくなりおかげで荷物もなくなった。

腹は立つが、むしろ好都合だと言わんばかりには狼の足を走らせた。

今度白兎に会ったら皮を剥いでやると心に誓って。

先程の広場の様子からして、すぐに昇山者達に追いつくだろう。

川沿いを走り抜け、森へ入ると人の気配を感じ身体が跳ねる。

やっと追いついた。

はすぐにまた人の姿に戻って前に見える昇山者の群に紛れ込んだ。

しかし、まだ明るく歩ける時間だというのにどこか騒がしい。

何かあったのだろうかと足をズンズンと進めると幼い女児の声が耳に届いて思わず足を止める。

黄海に来るとは何とも逞しい少女だと目を止めた途端、その少女の口から主の名が飛び出ては走り出した。




「ちょっと待ってよ！本気で言ってるの？！」

「仕方ないだろうが」

「出来る事なら私だって行きたいよ。だけど珠晶、が言っていただろう？何があっても先に進めと」

「でも・・でも・・っ」




は煩わしいとばかりに周りの人混みを掻き分けて、何やらもめている三人組の後ろに辿り着いた。

声を掛ける時間すら惜しく、珠晶の肩を掴んだは聴こえてきた声に身を固まらせた。




「が死んだなんて、絶対嘘よッ！！！」

「なん、だと・・？」

「え？」




珠晶が肩を掴まれて振り向けば、そこには血の気が退いた白い人が立っていた。