ドリーム小説
太鼓の音を響かせながら閉まりゆく令乾門にと白兎は滑り込んだ。
ズンと重い音を立てて閉じられた出入り口を振り返っては息を整える。
を追い掛けて黄海に向ったのだが、達が遅くなったのには理由があった。
白兎の背に乗せてある荷物の調達に少々時間が掛かったのだ。
「あの馬鹿娘の事だ。どうせ碌な準備もせずに黄海に入ったに違いない」
は黄海の旅に必要な荷を忘れず調達してきたのである。
白兎が喉を鳴らすとは一つ頷いて蓬山までの道のりを歩き出した。
黄海に入った時間に差があるため、に追いつくには相当急ぎの旅になる。
のっしのっしと前を歩く白兎を見ては溜め息を吐いた。
そこいらの騎獣よりも足の速いならば半日も掛からずに追いつけるだろうが、
白兎を置いていく事になる。
少々時間は掛かるが、ここは人の姿で追い掛けるしかなさそうだ。
再び溜め息を吐いたを不思議そうに見てくる白兎が何とも小憎たらしかった。
***
当のは意外な能力を見せていた。
黄海初日、野営の準備があちこちで始まっている中、は何を思ったか利広の制止を振り切って森へ入って行った。
日が落ちてからが妖魔の活動時間だと言うのに、無謀にも飛び込んで行ったを見て
言い争っていた珠晶と頑丘は言葉を失った。
そして頑丘は森から妖魔を連れて来ないか、と身構えたが、はケロリとした顔で何かを抱えて帰ってきた。
数は多くないが何かの木の実を抱え、持っていなかったはずの荷物をいろいろとぶら提げていた。
何でもないようには木の実を食べて、木の根元にうずくまる様にしてあっさり寝てしまったのだ。
それを初日に見てしまった珠晶は感心したような、呆れたような気持ちになった。
と出会って二日、ようやくそのサイクルに慣れてきた。
「馬鹿は馬鹿でも一つくらい才能のある馬鹿もいるのね」
「ねぇ珠晶。それって私の事?」
両手に食料や水を抱えたが怪訝そうに聞けば、珠晶はさも当然だと言わんばかりに視線を向けた。
手ぶらで黄海に乗り込んできたの腕には貰い物でいっぱいになっている。
とんでもないサバイバル能力を見せ付けたは森で取ってきた物を物々交換して生き残っていた。
元々こんなに図太い神経をしていた訳でなく、全てとの野宿生活で手に入れた物であるには違いない。
文無し、手ぶらの野宿旅は慣れている。
それは黄海だろうとどこだろうとする事は一緒なのだ。
ただ命の危険性がぐーんと増してはいるけれど。
水汲み帰りの珠晶と並んで歩くは不貞腐れたように転がっていた枯れ木を拾う。
年上の癖にどこか間の抜けたを珠晶は馬鹿と称したが、頑丘と手法は違えども同じように妖魔を避け、
黄海を旅する必要最低限の知識を持っている事に珠晶は感心した。
気が付けば利広と頑丘が居る場所に戻ってきていて、利広が水汲みを労ってくれる。
はそこでじゃあね、と手を振って背を向けたが、珠晶はその背に声を掛けていた。
「!」
「ん?」
「は何しにここへ来たの?」
それは当然の疑問だった。
振り返ったに投げ掛けた言葉は珠晶だけでなく、利広や頑丘も一度は思った事であった。
が本当の馬鹿でなければだが、手ぶらだったのだから黄海に入るつもりは無かったのだろうし、
単純に考えて昇山ではないはずだ。
だからと言って猟尸師のように騎獣を追い掛けに来た訳でもないだろう。
どんな場合であれ、手ぶらで黄海に入る事など有り得ないのだ。
つまり何か予想外な事が起きて来てしまったのだろうが、一体何があったのか。
「玉の簪を取り返しに」
「「 かんざしィ? 」」
「うん。室様の所にあるって聞いたんだけど空振り」
どんな深刻な問題なのかと思っていた珠晶はの解答に声を上げた。
それにかぶさる様に利広も声を上げて見てくるので、流石のも困ったように笑った。
おそらく、その簪がどれほど大事な物か知っているのはと祖母だけであろう。
だから珠晶と利広が素っ頓狂な声を上げるのは別におかしな事ではない。
「それは命を賭けるほどの物なのか」
思わぬ所から声が掛けられて、は視線を頑丘にやる。
話を聞いていてもおかしくない距離ではあったが、まさか声を掛けられるとは思っていなかった。
そんなに簪を探しに黄海に入るのがおかしいだろうか、と自問自答してみる。
・・・・・・・・うん。
狼が喋るくらいには変だ。
私が変なのはこの際、置いといてー・・・
「何言ってんの?あの簪はすごく大事だけど命賭けちゃ意味ないでしょ。命あっての宝物なんだから」
「・・・そりゃ、そうか」
「そりゃそうだよ」
馬鹿にしたようにも見えたが、確かに笑った頑丘と初めて人間らしい会話が出来た。
それ以降、頑丘がに話し掛ける事はなかったが、昼食を一緒にとる事は許されたようだった。
* ひとやすみ *
・この子、サバイバル能力を発揮したら野生児なんじゃ・・・?
んんん。そんな事ない。そんな事ない。女の子してますよ・・・多分(09/05/07)