パノラマな私たち

42. 名残宴の幕が下りる.

風を切るように走る佐助に横抱きにされ、はただ風の音だけに耳を寄せた。

見えるようで何も見えない景色に今までの思い出が走馬灯のように駆け巡る。

一番初めに助けてくれた小十郎さん。

色々と教えてくれた優しい綱元さん。

気兼ねなく接してくれた成実さん。

身元の分からないを丸ごと受け止めてくれた政宗公。

まるで夢のようだった。

この世界に来て不安を感じる暇もないくらい楽しかった日々は白昼夢だったのではないだろうか。

そして夢の終わりは残酷で、大好きな人達に信じてもらえず居場所を失った。

悲しくて切ない結末に、は離れていく斜平山に目を向けて溢れる涙を止めるかのように目を瞑った。

どれくらい経ったのか佐助が急に立ち止まった。

隠すように佐助に押し付けていた顔を上げると景色がはっきりして見え、ここがもう米沢の外れである事に気付いた。

そして佐助が立ち止まった理由が悠然とそこに立っていた。




「お蘭さん・・」

「よう頑張った、」




見慣れないまっ黒な装束に身を包んでいるものの、それは間違いなくあのお蘭で。

佐助の腕から下ろしてもらい地面に足をつけるが、佐助は蘭から目を放そうとしない。

それとは対称に蘭は笑みをたたえてを見つめていた。




「でさー、何であんたがここにいるの？」

「にはここで死んでもらうよ」




佐助の疑問に蘭がニッコリと答えた瞬間、佐助が爆発したんじゃないかと思った。

何かゾクリとするものが背筋を這って、気が付けばすでに手裏剣と煙管でせめぎ合いが始まっていた。

忍の戦いという物がどんな物だか、は既に体験している。

容赦なく人体の急所ばかりを狙い合う二人に、あの日の出来事がフラッシュバックする。

止めなければどちらかが傷付くことになる。

未だ激しく続く攻防の音を聞きながら、は声を上げた。




「佐助止めて！お蘭さんも、もう止めてください！」




の制止の声が聞こえると、蘭は途端に殺気を消して佐助から離れた。

あまりに聞き分けのいい蘭に佐助は疑い深そうにしながらも、命の恩人のため引き下がった。

蘭は手をきつく握り締め、小さく震えている少女を見やった。

この反応は当然だろう。

何せ、を城から追い出す事になった蘭が目の前におり、あまつさえその命を奪おうというのだから。

蘭が自嘲気味の薄い笑いを零すと、急に顔を上げたと目が合った。

その口から飛び出すのは罵倒か、それとも悲嘆か。




「ごめんなさい」




蘭は予想もしなかった言葉に唖然とした。

ごめんなさい、とは如何なる事だろうか。

責められる事はあっても、謝られる事など何一つ無いというのに。

実質、は何もしていないし、蘭が面白半分に二役などさせなければは今でも米沢に居られたのだ。



「（この娘は、相変わらず・・・）」





***





謝っても許されるような事じゃないけど、言わずにはいられなかった。

お蘭さんが城に仕えるなら「覚悟」が必要だと最初に忠告してくれたのに、

結果中途半端な事になって城内を混乱させてしまった。

薄々気付いてはいたのだ。

菊華屋の存在や女中としての役割をほとんど担っていないお蘭さんが意味する物を。

忍であろうとなんであろうと、私にとって身分なんて二の次だったから深く気にも留めていなかった。

普通の人とはどこと無く雰囲気の違うそれは、忍独特の物だ。

私が異世界人だからなのか、気配と言うより何かがそこにあるという感覚がずば抜けて良いらしい。

それが動物か人間かまでは分からないけれど。

菊華屋は多分黒脛巾の情報拠点か何かなのだと身を持って知った。

酒が入って浮かれてる人ほど情報を得やすい物はないし。

この事に気が付いたのはつい最近で、もっと早く気が付いていれば篠さんの怒りを買わなかったかもしれない。

大事な菊華屋に何にも知らない私が放り込まれ、挙句情報を持っていったのだから謀反の疑いを掛けられても仕方ない。




「篠さんにも本当に悪い事をしました」

「ちょっと！何だか詳しい話は知らないけど、はこの人誰だか知ってんの？」




今まで頑張って黙っていたようだが、堪え切れなかったのか佐助が呆れたように声を上げた。

怪訝そうに唸る佐助には困ったように笑った。




「黒脛巾の頭領。でも私にとってはただのお蘭さんだ」




驚いたのは佐助だけじゃない。

まさかそこまでバレているとは思って居なかった蘭もを見つめていた。




「それと、佐助を助けた解毒剤お蘭さんから貰ったやつなんだからね」

「ゲッ」

「くくく！やっぱアンタ面白いわ。是非とも伊達に欲しかったのに」




蘭は遠慮なく笑ったが、佐助はを守るように後ろに隠した。

困ったようにが蘭を覗けば鋭い目で見返された。




「だからやっぱアンタここで死んどきな。殿の命があって動いてる訳じゃないから今しかないんだよ」

「何？黒脛巾って勝手に動ける訳？」

「アタシはいつでも勝手だよ」

「・・・それでいーわけ？」

「あの、今しかないってどう言う意味ですか？」

「・・・ふふ、やっぱアンタ猿にゃ勿体無いわ」

「ちょっと！猿って俺の事？！」

「さて、覚悟はいいね、」






***






未だ興奮収まらぬ米沢ではの疑いはほぼ晴れたものの、今度は出奔の罪で行方を追っていた。

しかし、今回の事件で家臣からも政宗からも信頼を失った黒脛巾が突如現れ、事件を終結に導いた。




「はすでに死んだ」




集まっていた家臣達の表情が一瞬にして固まった。

それを決定付ける様に投げ込まれたそれを見てその場にいた者は息を呑んだ。

見慣れた髪紐が結んである髪は紛れもなくの髪で、所々に点々と紅い血が飛び散っていた。

黒脛巾が一礼して立ち去っても皆、その血に塗れた髪から目を離せずにいた。

自分達の勘違いで追い詰め、追い出した少年の末路の凄惨さに誰もが口を噤んだ。

そうしての追跡は誰からとも無く打ち切られる事になった。




「どういう事だ、お蘭！」

「どうもこうもない。失った信用を取り戻すために追って殺したまで」

「オマエ！」

「アタシを恨むのはいいが、アンタの家臣が勝手にを疑い追い詰めたんじゃないのかい？」




蘭の部屋に押し掛けて怒鳴り散らした政宗に蘭は煙管を向けて鋭く突き放した。

政宗はやりきれない思いと、自分の不甲斐なさを堪える様に歯をきしり合わせて無言で部屋を立ち去った。




「悪いね、。私にはアンタを殺してやる事しか出来やしない・・・」




蘭は寒空を見上げ目を細めて小さく呟いた。

それから城内での事について語られなくなり、それが暗黙の了解とばかりにの一連の事件は闇に葬られた。