ドリーム小説
「母上ー!!」
満面の笑みでまろび来る幼子は、少し会わぬ内に随分と逞しくなっていたようで、薄らと日焼けの後が窺えた。
腕の中に飛び込んできた子供を抱き上げると、甘えるように胸にすり寄って来た。
男の子とはいえまだ小さな子、まだまだ甘えん坊のようだ。
「来たのか、」
名を呼ばれて視線を上げると、子供の後ろを付いてきていた靭太がそこにいた。
我が子の後見を務める靭太に頷いて返事をすると、腕の中の子が唸った。
「何しに来た靭太!母上はあげないからな!」
「いらぬわ、ちびガキ」
「ちびって言うな!」
「こら、」
腕の中でキャンキャンと吼えていた子供を嗜めると、しゅんとして謝る。
しかし、シレッとして靭太には舌を出すである。
眉間の皺を揉み解した靭太は特大の溜め息を吐く。
全く、真田似の猪突猛進な所を持ち、似の逞しさを持つ子供など悪夢である。
キョトンとそっくりな見目で靭太を見つめてくる二人にもう一度溜め息を吐いた。
「・・・それで、
凌禾に何しに来たのだ、?」
「ん?どうやら三人目が出来たみたいで、外に出られなくなる前に顔を出しに来たの」
「はぁ?!」
二十代前半でまさか三児の母になるとは思わなかったと遠い目をするに靭太は頭が痛くなった。
この馬鹿は、身重でこんな長旅を一人でしてきたのか?!
考えなしの母親を怒鳴り散らそうとした次の瞬間、
小太郎が突然眼前に現れてオロオロとの周りを回り出した。
どうやら初耳だったらしい。
まぁ一人旅など、この忍がさせるわけがないか。
キャッキャッとこの場で無邪気に喜んでいるのはだけである。
凌禾村は一度滅ぼされたが、新たな地にが再び興した村がこの凌禾である。
上田に嫁入りした後、は長男を生み、次男のを生んだ。
そして次男自身が望み、も思う所があって、このを斡祇の養子に出したのだ。
今、はこの凌禾の地で養父である靭太と共に凌禾の当座候補として暮らしている。
いずれ屋代も己鉄も宝刀泡沫をこのに返して、斡祇家を任せるつもりなのであるが、
このことはももまだ知らない。
「あ、姫様!」
「もう姫って歳じゃないんだけどねぇ」
「じゃあ御方様だね!若様良かったね!お母上が来て下さって!」
「うん!」
村の中を歩いていると訳知りの馴染みがに声を掛けてくる。
それにニコニコと返事を返す息子に苦笑する。
もうすっかりこの村はの住む家になっているようだった。
皆に愛されている息子に胸を熱くしながら、今日一日くらいは一緒に過ごそうとは決めた。
近くに小太郎の気配が無くなっている。
つまり、懐妊の知らせを恐らく慌てて幸村に伝えに行ったと思われる。
心配性な自分の忍と旦那を思い、小さく息を吐く。
きっと明日には飛んで来るに違いない。
もう少し息子と一緒に居たかったと拗ねつつ、はすぐに切り替えて笑顔を見せた。
「さて、何して遊ぼうか、?」
「ちゃんばらごっこ!」
「よし!受けて立つ!まだ負けないよ!」
「止めんか馬鹿者!」
胎の子に障るとガミガミと怒鳴り散らす靭太に二人は不満そうな顔をした。
そっくりな顔で不服そうにされると無性に腹が立つ。
しかし靭太は諦めを知っており違う遊びにしろと投げ捨てた。
「なら、母上の料理が食べたい!」
「よーし!張り切って作りましょう!も手伝ってね」
「うん!」
「靭太、荷物持ちお願いね!」
「お願いね!」
この親子は、全く!
靭太は二人の耳を片方ずつ掴むと遠慮なく引っ張った。
痛い痛いと喚く親子に文句を延々と言いまくる。
その様を見ていた周囲はどう見ても三人家族に見えると、本人達にとって末恐ろしいこと考えていたのだった。
***
翌朝早く、母のは凌禾村を発った。
村の特性上、父の幸村と鉢合わせる訳にはいかないので、その近くの村で待ち合わせることとなる。
村の屋敷に残されたは靭太と共に自室で他愛無い話をしていた。
母と早々に離れることになったのは寂しいが、あの父ありきで考えると致し方ない。
それに昨夜は母の料理を食べ、同じ布団に入り、夜遅くまでたくさん話した。
はその事実にご機嫌で隠していた巻物を取り出した。
「には見せなかったのか?」
「うん。これは母上には内緒!」
広げられた巻物にはまだほとんど何も書き記されていないが、一番上にデカデカとと書かれている。
下へと続く線にの文字を見てニッコリ笑ったは、
その片隅に「筆頭分家斡祇家系図」と書き込んで欲しいと靭太に頼んだ。
お願いされた靭太は少し考えて、それと一緒に「別家」という判を押した。
「これで誰が見ても不満は出まい」
目を瞬いていただが、一先ず納得して徐々に立派になっていく図面に口端を上げた。
これでこれから先、ここに名前が増えて行っても、母上の名前が残る。
は幼い子供ながら、の斡祇家への想いを知っていた。
だからこそ、それを受け継いでここに来たのだ。
誰が何と言おうと凌禾分家を興したのは母であり、当座の時期が数日だったとしても、
初代としての名を残しておきたかったのだ。
子供の遊びとは言え、何かを感じた靭太はそれに付き合った。
が飽きたとしてもこの巻物は取って置こうと内心思っていたのだった。
「一つ聞きたいのだが、なぜの伴侶の所が不明なのだ?」
「え、だって父上の名前は真田の方に残ってるし、いらなくない?」
何でそんなことを聞くのかと不思議そうに首を傾げる。
幸村が聞けばきっと咽び泣くに違いない。
何とも微妙な気持ちになったが、靭太はこの幼いながらも危険察知能力の優れた子供に舌を巻いた。
おそらくここに幸村の名が残れば後々面倒な火種になる気がした。
だからもし書いていたとしても、真田の名だけは消させていただろう。
その事実は凌禾村だけの暗黙の了解事項でよい。
満足気に家系図を眺めているの頭を靭太は無造作に撫でた。
の蒔いたこの種を大事に育てて、斡祇を育てて行こうと靭太は深く心に刻んだ。
こうして遥か遠い世界からやって来たが齎した一滴の変革は、
波紋のように広がり、回転画のようなこの美しい世界に新たな風を吹き込んだ。
大きな変化ではない、されど小さくもない。
昔懐かしい回転画に溶け込むことを選んだを祝福するように、子供の明るい笑い声が村に響いた。
* ひとやすみ *
・回転画とは円環状の壁面全体に精巧な風景画を描いて中央の観覧者を取り囲むように、
目の前に遠大な情景が広がっているように見せる絵画のジャンルの一つである。(Wiki先生より
つまりパノラマということです。この作品名はそんな情景に入り込んだ女の子の話という意味で付けました。
ようやく!ついに!満を持して!パノラマな私たち、これにて完結です!!
一気に時が進んで子供が出てきましたよ!しかもしっかり者!笑
いろいろ書きたいこともあるのですが、一先ずここでパノラマは終わりです。
長い長い間、パノラマをご愛好ありがとうございました!またどこかでお会いしましょう!! (16/06/06)