ドリーム小説 「僕と一緒に地獄へ堕ちませんか」




あぁ。この日がまた来た。

この男は毎年、自分の生まれた日になるとこうして私の元へこの言葉を伝えにやってくる。

は呆れ混じりにホテルの扉を開け放って、ニコニコと立っている骸を部屋に通した。



全く、この六道骸という男の考えが分からない。

曲がりなりにもヒットマンとして活動しているはいつもホテルを転々としているし、

誰にも居場所を伝えたりはしていないのに何故か毎年彼はどこにいてもを見付け出す。

おまけに毎年同じ言葉を挨拶の次に言うもんだから理解不能もいい所だ。




「ねぇ、骸。それが女を口説く言葉だと思ってるなら考え直した方がいいわよ」




毎年言ってるけど、と付け足して、ホテルのおまけの様なテーブルに骸を座らせると、

彼は相変わらず丁寧にお礼を言って笑って言葉を返した。




「それは知りませんでした」




何が愉しいのかくすくすと笑いながら、彼もまたと同じように毎年言ってますが、と付け足した。

遊ばれてる感が否めず、あからさまに溜め息を吐いて、グラスを取り出す。




「大体、何で地獄なの?行くにしてももっとマシな場所にしなさいよ。仕事柄笑えないわ」

「クフフ。そうですか?天国じゃつまらないでしょう?

 誰一人、幸せな人のいない地獄の中で、僕がだけを幸せにしてあげますよ」




その言葉にテーブルに置こうとしたグラス二つがカチンとぶつかって音を立てる。

小さく跳ねた心臓を余所に骸の真っ直ぐで嘘の無い目がを捉えて放さない。

二人だけしか存在しない部屋に静かな沈黙。

どこまでも純粋に好意を向けてくる目に激流のような何かを感じて、思わず身体が熱くなる。

誤魔化すようには少ない荷物から、ワインを取り出して骸に放り投げた。




「嬉しいケドお断り」

「それは残念です」




気持ちとは反対の言葉を吐き出してみたけれど、肩を竦めて薄く笑われただけだった。

本当に何を考えているのか全く分からない。

ひたすら私に好意を向けてくるのに、引き際はあっさりしている。

押しているのか引いているのか、掴み所のない感じがまるで波のようだ。

だからこそ素直になれない自分がいるのだと、は自分の性格と骸の曖昧さに心で文句を垂れた。



気まぐれで買った赤ワインを飲むか、と聞けば、骸は嬉々として頷いてグラスに注ぐ。

赤い液体が二つのグラスに波打つのを眺めて、愉しそうにしている骸を窺う。


何度、骸の甘い囁きに応えたいと思った事か。

なのに可愛くない私は何度も口から嘘を紡ぎ、今の関係を維持してきた。

ようするに私は「あなた一人だけじゃないのですよ」と言われて傷付くのが怖いのだ。




「ねぇ、どうして私なの?誕生日なんだから、大事な人の所にでも行けばいいじゃない」

「だからこそ、ここにいるのですが?」

「・・・あのね、そんな言葉に騙されるほど私若くないし、私よりクロームの方がずっと可愛がってるじゃない?」

「おや、妬いてるんですか?」

「ありえない」

「クフフ、つれない人だ」




骸の言葉に一喜一憂しながらも、どこか淡々としている彼に悔しくも思う。

一体、どこまでが本気で、どこまでが冗談なのだろう。

自分ばかりが悩まされ、振り回されているようで、大きく溜め息を吐きたい。

二つのグラスに注がれたワインの波紋が、まるでの心を表しているようだった。

薄く笑いながら手渡されたグラスを掲げ小さく当て合って、グラスに口を付ける。




「まぁ、そんなも可愛いんですけどね」

「・・・げほっ」




狙ったように綺麗に微笑んで淡々と甘い言葉を吐くから、飲まないつもりの赤ワインを本当に飲んで咽てしまった。

まさか咽るとは思っていなかっただろう骸が心配そうに立ち上がっての背を叩いた。



実の所、は赤ワインが飲めない。

アルコールが飲めない訳ではないけれど、あの渋みがどうしても駄目なのだ。

昔、彼が赤ワインが好きだといった日から毎年赤ワインを用意しているけれど、はいつも飲むフリだけ。

ようやく落ち着いた時、優しく背を撫でる骸が至近距離にいるのに気が付いて視線を上げた。

よりも背の高い骸と目が合うと、彼の闇夜色の髪がさらりと滑り落ち、甘い香りが鼻をくすぐった。




「・・・チョコレート?」

「え?・・・あぁ、僕チョコレート好きなんですよ」

「そうなの?意外・・・。私もチョコ好きなの」




また一つ彼の意外な一面を見た気がして、が小さく微笑むと骸が目を瞬いていた。

珍しく笑顔以外の顔が見れた事に満足したは、ふと昨日買ったチョコがカウンターに散らばっているのを思い出した。

これからは赤ワインじゃなくてチョコにしようなどと思いながら、

骸に背を向けてチョコを取りに行こうとした瞬間、腕を強く引かれた。

不意打ちのそれに体勢を崩したが気付いた時には、甘いチョコレートの香りに包まれていた。


腰に回された逞しい腕と首筋に触れる吐息に、ようやく骸に抱き締められているのだと理解した。

トクントクンと心地よい音が聞こえるほど近い彼に、動揺しつつもその温もりから抜け出せない。




「チョコレートなんかより僕を選んで下さい」

「え・・・、」

「生まれた日を祝ってくれると言うのなら、僕は、が欲しい」




こんなに近くで、こんなにも切ない彼の声を聞いて、熱い何かが身体を駆け巡った。

少し速くなった骸の鼓動よりも、数倍速い私の鼓動が頷いてしまえと言っているようだ。

静まれと何度も自分の心に唱えて、上半身を少し引き離して私の口は苦し紛れにまた嘘を吐いた。




「私は、非売品なの、」




ズキンとは胸を軋ませ、また後悔の渦に呑まれる。

そして大丈夫だ、心配せずとも骸はまたいつものように薄く笑って淡々と返してくれる、と自分に言い聞かせた。

しかし、の思いとは裏腹に、どこか傷付いたような顔を見せた骸に焦燥と恋情が募る。



―――何かが終わって、始まる予感。



見上げた彼のオッドアイが切なく揺らめいて、熱い視線で私に語りかける。

逃げようも無くほとばしる気持ちが酷く胸を締め付け、骸の力強い腕が腰に回されてなければ倒れてしまいそうだ。




、僕は待つのが嫌いではありませんが、もう限界です」

「な、に、」

「僕がこんなにも優しく、辛抱強くなれるのは、あなたの前だけなんです」




駄々っ子のように小さく首を振る骸が悲しげで、切なげで、どうしようもなく愛おしい。

懇願するようにを求める声に目眩がする。




「あなたを愛しているんです、




―――あぁ。

あぁ、そうか・・・・・。

私は何て馬鹿な女なのだろう。



が今の関係を壊すのが怖くて素直になれなかったように、骸もまた怖くて飄々とした仮面で隠し続けてきたのだ。

溢れた気持ちを後悔するように逸らした彼の赤と青に、キレイな雫が薄っすらと浮かんでいる。


泣かないで。

そんな顔はあなたに似合わない。




「私が非売品なのは、すでに一人だけと決めているから」




もうこの気持ちに嘘は吐けない。

骸の申し訳程度に着けられているネクタイを引いて、は祈るように優しく骸の目蓋に唇を落とした。

ゆっくりと離れたをポカンと見つめる骸は、頭が機能していないらしく言葉を理解しきれていないようだ。

クスクスと綺麗に笑っているの真意に気付いた骸は、くしゃりと顔を歪めて感情のままにの唇を奪った。

最初は荒々しく、けれどどこか優しく、何度も何度も味わうようにの唇を啄ばむ骸に愛しさが膨らむ。

息荒く、名残惜しく離れた骸に応えようとは妖しく微笑んで想いを言葉にした。




「あなただけに堕ちてあげる」




切なげに目を細めた骸は止め処ない気持ちを一つも逃す事のないように、

の名を何度も呼びながら、髪に、頬に、目蓋に口付けを落とす。

くすぐったさを感じながら、今、骸にどうしても伝えたい言葉がある。




「誕生日おめでとう、骸」




優しく弧を描いた唇がもう一度私に触れるまで、あと僅か。


* ひとやすみ *
・当サイトに極端に少ない甘々系で、初短編。
 砂吐くかも、と思いながらノリノリで仕上がった骸誕生日祝いです。笑
 相変わらず長い話ですが、少しキュンとしていただければ幸い。
 おめでとう、骸!ヒロインじゃないが、私も骸が好きだ!笑        (09/06/09)