ドリーム小説
「げほっごほっごほっ・・・!」
ある日の夜、寝る間際に寝所では激しく咳き込んでいた。
息を吸い込んだ時に偶然唾液が気管に入ったため咽たのである。
寝所には当然夫である幸村もいたため、堪えようと必死だったのだが、苦しさはどうしようもなかった。
口元を抑えて眼に涙を浮かべるに幸村はオロオロと焦った。
「大丈夫か?!感冒にでも掛かったか?!」
相変わらず一人で迷走しているが、背を擦ってくれる幸村を有難く受け入れる。
返事をする余裕はないが、その優しさが嬉しく敢えてその間違いを正すのを止めた。
風邪を引いた妻に何をしてやればいいのかと慌てふためく幸村をにこやかに見つめていると、
逞しい腕に抱き込まれてそのまま布団に引き摺り込まれた。
「こうして寝れば暖かろう。早く治してくれ、」
「・・・はい、旦那様」
何やらおかしな勘違いから起きた状況ではあるが、はその幸運に感謝して幸村の胸元に縋り付いて目を閉じた。
翌朝、幸村が心配の視線をチラチラ送って来たのには参ったが、は苦笑しながらもそれを受け流していた。
朝食の席になり、滋養がつくとあれもこれもとの皿に移して来たのにはさすがに困った。
どうやら幸村の勘違いが本当になったのか、食欲が涌かないのだ。
それどころか込み上げてくる気持ち悪さに平然を取り繕うことも出来そうになかった。
口元を押さえて出て行ったに取り残された幸村は愕然とした。
「佐助ぇ!佐助ぇ!!の一大事だーーーー!!」
こうして真田家は上を下への大騒ぎになる。
憐れ苦労人の忍頭はいの一番に巻き込まれ被害を受けることになったのだった。
祈祷師を呼べと騒ぐ幸村に佐助は呆れながらまず医者を薦めた。
しかし不幸だったのは、の症状が初期段階であったため、はっきりとした判断がつかず、
射殺されんばかりの視線で見られた医者は不用意なことを言えず、か細く様子を見ろとしか言えなかったことである。
だが、の不調は悪化の一途を辿り、幸村の錯乱も比例して大きくなっていった。
「佐助ぇ!某に何か出来ることはないか?!」
「うーん。滋養のつく食べ物が一番だとは思うけど、今のじゃ・・・」
「そうだな!猪を狩って参るッ!!」
「ちょっ?!」
風の如く去って行った幸村に手を伸ばしたが佐助は呆然とその場に残された。
食べれるならそれがいいが、食欲不振の今、多分無理だろうという次の言葉を呑み込んで。
意気揚々と猪を担いで帰って来た幸村に、匂いが無理だとは一蹴した。
灰と化した幸村に言わんこっちゃないと佐助は目を覆った。
結局、小太郎が持ち帰った柑橘なら食べられることが分かったのだが、
回復しないの症状に業を煮やした幸村は再び医者を手配した。
いくつかに質問してハッと息を呑んだ医者は真剣な顔をして幸村を振り返った。
「・・・幸村様、どうか気を落ち着けてお聞き下さい」
ごくりとその場にいた者達が息を呑んだ音が聞こえる中、幸村は早鐘のようになる心音に力が籠る。
もし不治の病だったらどうすればいい?
あまりの緊張感と不安から耐え切れなくなった幸村は大声で叫びながら立ち上がった。
「某には無理でござる!!」
うわぁぁぁと叫びながら部屋を飛び出して行った幸村に残された達は目を丸くした。
一番困惑しているのは医者である。
残された佐助と小太郎を交互に見て首を傾げて聞く。
「・・・あの、どうすれば?」
「・・・俺様たちが旦那の代わりに聞くよ」
「奥方様ですが・・・」
「「「 え 」」」
逃げ出した自分のみっともなさに幸村は落ち込んでいた。
一番傍にいなければならない人間が自分可愛さに逃げたのだから最低である。
だが、このまま病が治らずを失うことになれば己が耐えられるとは思えなかった。
そんな答えなら聞きたくはない。
俯く幸村の背にドンと大きな衝撃が走った。
吃驚して振り向けば顔色の悪いが手を振り上げて幸村を睨んでいた。
「もう!嫁の容体も聞かず飛んで逃げるとは、日の本一の兵が聞いて呆れます!」
「・・・、寝ていなくていいのか?!」
「こんな時に寝ていられますか!」
誰のせいでと憤慨するは頬を膨らましながら幸村の横に腰掛けた。
オロオロする幸村を横目に少しスッキリしたは深く溜め息を吐いてお腹に手を置いた。
「全く、こんな情けない人が父親なんてこの子もきっと呆れていますよ、幸村さん」
悪戯っぽく視線を向けただったが、意味が分からないと幸村は眉根を寄せた。
何の話だとを見た幸村は怪訝そうに首を捻る。
「父と子とは誰の話だ?」
「あなたと、この子の」
察しの悪い幸村を指差した後、はその手を自分のお腹に当てた。
それをキョトンと目で追った幸村は数秒の後、驚愕に叫び慄いた。
「なにぃぃぃぃッ?!」
「懐妊だそうです」
立ち上がってパクパクと喘ぐ幸村にはニッコリ笑って子が出来たと告げた。
呆然との薄い腹を見つめた幸村の胸にじんわりと暖かいものが広がる。
喜びに自然と緩む口元を押さえて幸村は赤い顔で聞く。
「某の子か・・・?」
「当たり前でしょう」
「某との子か・・・?」
「もう、おかしな人」
くすくす笑うに感極まった幸村は勢いのままに彼女を抱き締めて感謝の言葉を何度も呟く。
その喜びが伝わってきてはホッと息を吐いた。
子が出来たと言われても自分でさえ実感がないのに、嫌がられたらと不安だったのだ。
きつく抱き締める幸村の胸元では優しく微笑んだ。
だが、喜べたのはここまでであった。
次の瞬間、感情が振り切った幸村はを抱き上げてグルグル振り回して喜びだした。
嬉しいのは分かるが、の体調は未だ最悪の状態で、込み上げてくる気持ち悪さに耐えられなくなっていた。
「うっ・・・吐くっ」
そんな妻の様子にも気付かない幸村を佐助がいち早く殴り、小太郎がを救出したのだった。
こうして慶事に沸いた上田城でこれ以降、余計なことを仕出かす父から母子を守るために忍たちが活躍することになる。
そして出産時にはまた大騒動を繰り広げることになるのだが、苦労人たちはまだ知らない。
* ひとやすみ *
・そんなわけで番外です!何だか七面倒臭い話ばかり書いていたせいか、
二人の生暖かくも幸せな話を書くと落ち着きません。笑
少し仲がよくなった二人の騒動をほんの少し披露いたしました!笑
ご想像できるように出産時はもっと大変なことになります。
そして忍たちは余計な苦労をする羽目になります。ご愁傷様です。笑
久しぶりのパノラマ楽しかったです!またどこかでお会いしましょう! (16/10/05)