ドリーム小説

「佐助ぇー!佐助ぇー!」




酷く焦ったような主の声に佐助がすぐさま向かうと、いつも以上に挙動不審な幸村がいた。

目が合った瞬間にしがみ付かれて、迷子の子供のような顔で見上げてくる。

メリメリと腕に食い込む指の力強さに必死さが窺える。

何かよくないことでも起こったのかと佐助は心の準備をして続きを促した。




殿が・・・、殿が、某の部屋に居るのだ!」

「そりゃ居るでしょ。夫婦なんだし」




何を今更と佐助は冷めた目を幸村に向けた。

つい先日、祝言を挙げて幸村とはめでたく結ばれた。

二人のすったもんだを傍で見てきた佐助からすればこれほど喜ばしいことはない。

だというのに、当の本人の様子がおかしい。

幸せすぎてついに頭がおかしくなったのではなかろうか?

かなり失礼なことを考える佐助を余所に幸村は困ったように佐助に縋ってさらに言い募る。




「め、夫婦とはどうやってなるのだ?!」

「何言ってんの、アンタ達もう夫婦でしょうが」

「だから!何をどうすればよいのかと聞いておるだろうがぁぁぁ!!」

「ぐぇっ!旦那!首締まってる・・・っ!」




佐助の胸倉を掴み上げ、ブンブンと振り回す幸村に、佐助は苦しげに制止を呼びかけるが聞くはずもなく。

こうして、不安いっぱいな幸村との新婚生活が幕を開けたのだった。









***










元々、朝起きて仕事へ向かえばが居る生活をしていた幸村にとって、が傍にいることは当たり前なことだった。

しかし、自分の個室にが居たり、寝食を共にしたりすることは、距離が近すぎて凄い違和感があった。

佐助や周囲はそれが夫婦だというが、祝言を境に夫婦らしくするというのは幸村には理解できなかった。

なったこともないものに突然なれと言われてもなれるはずがない!

混乱の真っ只中にいる幸村は途方に暮れていた。

が近くに居ることは正直嬉しい。

嬉しいが緊張しすぎて困ってしまう。

時折、話がまったく耳に入って来ない程である。




「・・・さん、幸村さん!」

「はっ」




縁側に座っていた幸村は膝を揺すられて我に返った。

どうやらまた話を聞き流してしまっていたようである。

少し不機嫌そうなが何度も声を掛けたのにと呟いていた。

何の話だったのかと再び問うと、は少し困った顔をした。




「あのですね・・・。私達の呼び名のことなんですけど・・・」

「呼び名?」

「夫婦になったのですから、『殿』『幸村さん』というのもいかがなものかと思いまして・・・」




の言葉に目を瞬いた幸村は一瞬何を言われたのか分からなかった。

呼び名がどうしたと首を傾げる幸村にはおずおずと語り出した。

曰く、真田幸村ともあろう者が「殿」付で嫁を呼ぶのは体裁が悪いとのことであった。

がそんなことを気にするとも思えないので、おそらく知らぬ所で誰かに言われてのことだろう。




「・・・呼び名くらい好きにしてもよいでござろうに」

「私もそうは思いますけど・・・。そういう呼び方も嫌いじゃないですよ、私」




嫌がりもせずニコニコと微笑むは何とも眩しくて人が好い。

幸村は鬱屈した気持ちを吐き出すように深い溜め息を吐いた。




「夫婦になるというのは斯様に難しいものなのだな・・・」




心の底からそう呟いた幸村は自分の至らなさに落ち込む。

肩を落としている幸村を見てはようやく幸村の元気がなかった理由を覚ったのだった。

幸村を悩ます問いである、夫婦とは何か。

その答えをは持ち合わせていない。

なぜならまだはスタートラインに立ったばかりなのだから。

しょげている幸村には小さく笑ってその背を撫でた。




「幸村さん。夫婦っていうのはなるものじゃなくて、二人で作っていくものなのですよ」

「・・・作る?」

「だから私達は私達なりの進み方をすればいいのですよ」




人と違っていいのですと優しく微笑むに幸村は胸をじんわりと熱くした。

目の前に光が差し込んだような感覚に心に巣食っていた靄が吹き飛んだ。

そして幸村は再確認した。

――やはり某は、殿が好きだ。

そう思うと今度は違うことに頭を悩ませることとなった。

殿が近い・・・!

急に煩くなった心臓の音を聞きながら、が先程触れていた背に全神経が向かっているような気がした。

あの柔らかく暖かい手がもう一度触れてはくれないだろうか。

幸村の暗い顔が消えた途端に離れた手は今、彼女の膝に置かれている。

ごくりと咽喉を鳴らす幸村の目はの手に注がれていた。




「・・・某達なりの進み方をすればいいのでござるな」

「はい」




満面の笑みで頷いたに勇気をもらった幸村は勢いのままに隣りに座るの手を取った。

がっしりと掴まれた手に驚いたであったが、真っ赤になって頑なにこちらを見ない幸村にクスリと笑った。

少し力の強い幸村の手が絶対に離さないと言わんばかりでは何ともくすぐったかった。




「私達らしくですよ、旦那様」

「!!!」




聞き慣れない呼び名とコテリと凭れかかるように肩を寄せてきたに幸村は飛び上がった。

もはや心臓は破裂しそうなほどである。

某達は夫婦と呪文のように心で唱える幸村。

どんなに恥ずかしくても幸村は握った手を離そうとはしなかった。




「月が綺麗ですね、旦那様」

「そそ、そうだな、・・・・どの、」

「ふふっ」




頑張って呼び捨てようとしている幸村だったが、どうしても最後に小さく殿と付けてしまう。

その頑張りが愛しくては夜空を見上げながら尽きることなく幸村に話しかけるのだった。


* ひとやすみ *
・皆様ご無沙汰してます!
 新婚当初の幸村夫妻の様子などを書いてみました。いかがでしょう。
 パノラマ本編ではぶっ飛ばした所ではありますが、ちょっとウキウキしながら
 書き上げた話でした。・・・まぁ多少書き方忘れてて驚いたんですが。笑
 またちまちまと番外が書けたらなぁと思ってはいますが、どうなることやら。
 お付き合いありがとうございます。また遊びに来て下さると嬉しいです!                    (16/07/29)