ドリーム小説

慶次とが二人旅の途中、京に来た時のことである。

季節は日ごとに暖かさを感じられるようになった頃、視界には疎らに花を目にするようになっていた。

少し肌寒い時もあるものの日中は過ごしやすくて、静かで華やかな旅は心を穏やかにさせてくれた。




「もうすっかり春だね」




ニコニコ笑ってそう言ったの顔を盗み見て慶次は瞬いた。

短い時間だと知ってはいるけれど、この旅は慶次にとって至福の時間だった。

一歩一歩進みながらも終わらなければいいのにと何度思ったことだろう。

この度が終われば、はあるべき場所に戻り、そしてアイツの所へ行ってしまう。

叶わない片恋とは何でこんなに切ないんだろうなぁ・・・。

チクリと痛む胸を押さえた慶次は炉端にポツリと咲く、細い桜の木を見付けた。




「見て!慶ちゃん、桜!綺麗だね」




同じくして桜に目を向けていたが、色付きの薄い貧弱な桜を見て無邪気にはしゃいでいる。

おそらく、こんな何もない道端で十分な養分が行き渡っていないのだろう。

嬉しそうに笑うはものすごく愛らしいが、慶次の脳裏にはあの艶やかな桃色の風景が過っていた。

これより、もっとすごい景色があるのに。

その慶次にとって当たり前な風景を思い浮かべた瞬間、に見せたくて仕方なくなってしまった。

今以上の笑顔が見たい。




!花見だ!花見をしようぜ!」

「えぇっ」




突然の提案に驚いて視線を上げると、満面の笑みで慶次は頷いていた。

が何か言おうとした瞬間、慶次は決まりとばかりに松風を猛然と走らせ、は付いて行かざるを得なくなった。









***









京の街に入ると、そこは別世界だった。

行き交う人の数は他の街とは比べ物にならず賑やかで活気に溢れていた。

目を丸くしながらあちこちに気を取られるに苦笑して、慶次はその手を取った。

大きな手で突然手を握られて驚いたものの、逸れないようになと言われると人だかりを見ては頷いた。




「春の京の賑わいはちょっと他では味わえないぞ」

「うん。こんなに活気があるとは思わなかった」

「雪解けを待って各地から京に人が来るからなぁ。人も出並ぶ品も多いんだよ」




人混みを避けながら街中を慶次に言われるがまま歩いていると、不意に道を逸れて入り込む。

慣れた足取りで先を進む慶次に首を傾げていたが、慶次が一軒の店の暖簾を潜ったので慌てて付いて行く。




「ヤヨイ姐さん、居るかい?」

「あらまぁ、慶ちゃん!戻ってはったん?・・・あら?なぁに、逢引き中?」

「そんなトコ。悪いけど、ちょっと着せてやってくれよ」

「ふぅん。ま、いいわ。つけといてあげる」




店内にいたお姉さんと慶次が何やら親しげに話だし、何が何だか分からぬ内に話がまとまったらしい。

すると慶次に押し出され、は彼女に捕まった。

俺が帰って来るまでここにいてくれと言われて、呆けたをヤヨイが嬉々として奥の部屋に連れて行った。

混乱するの袴を引っぺがし始めた所で、我に返りは悲鳴を上げた。




「ちょっ!待って下さい!何で脱がすんですか?!」

「小娘はだまらっしゃいな!服を着せるだけよ。あら、貴方見かけによらず案外イイ物隠してるやないの」

「どこ触って、あ、ちょ・・・っ」




外まで漏れ聞こえる奥の部屋の声に、頬を染めていた慶次は立ち去りたくない気持ちを抑え込んで外に出た。

深く深呼吸した慶次は小さく呟いて店を後にした。




「・・・羨ましい」

















慶次が戻ってきた時には着付けはとっくに終わっていたらしく、不貞腐れたがいた。

真っ赤な着物を着こみ、珍しく髪を複雑に結って片側に流していた。

の表情は冴えないものの、見事な艶やかさに慶次は言葉もなかった。




「驚いたな・・・」

「もう!慶ちゃん、怒ってるんだからね!」

「いや、あんまりに綺麗で、驚いた・・・」

「うぇっ?!あ、その、ありがとう・・・」




頬を赤くして俯き合う男女にヤヨイは呆れて言い捨てた。

さっさと出て行け、と。

二人は気恥ずかしさを感じながら並んで、再び街を歩いて神社の大階段前へとやって来た。




「うわぁ!桜の木がたくさん!」

「こんなんで驚いてちゃ後で腰抜かすぞ?・・・よっと」

「け、慶ちゃん?!」




苦笑した慶次は見上げて動きの止まったを横抱きにしたのだ。

ニッコリ笑った慶次はそのまま階段を駆け抜けて境内へと走る。

あちこちで騒いで花見をしてる人達に慶次は声を掛けられ、やっかまれたが、いつもの笑顔とノリで

やり過ごし、最奥の桜の木に跳び上がってを下した。

凄く太い幹で安定性はあるものの、下は桜の花で見えず、騒いでいた声も小さい。




「ここ、俺しか知らない場所なんだよ」

「え」

「桜に包まれているように感じるだろ?」




背後はほぼ桜の花に覆われ、境内から先に京の街並みが見える。

まるで桜で出来たかまくらの中にいるようだと、美しい景色に見惚れながらはそう思った。

嬉しそうに微笑む慶次にコクリとが頷くと、夢吉と酒、団子など次々と食べ物が出てきた。

杯を勧められて酒は飲まないと断ったら、不満そうに慶次が言う。




「信玄のおっさんの酒は飲んだって聞いた」

「お、お館様ぁ・・・」




少しだけだからねと言い訳して、注いでもらった杯に夢吉が花弁を入れた。

その可愛さに笑っては杯をうっかり飲み干した。

楽しげなを見て慶次は連れてきてよかったと心底思った。

慶次に釣られて杯を空けるがだんだん心配になって来た頃、はポツリと呟いた。




「慶ちゃん、」

「ん?」

「私、この景色、忘れない・・・」




慶次からはの横顔しか見えなかったが、遠くに見える京の景色と散る桜が相俟って、酷く美しいものに見えた。

ざあっと音を立てて揺れる花を感じながら、慶次は目を瞑って溢す。




「俺もだよ」




風が止んで静かになった時、不意に組んでいた足の上に何かが乗って驚いて目を開けた。

すると、くうくう寝息を立てて寝ているがしな垂れかかっていた。

飲ませ過ぎたかと失敗を覚る慶次だったが、変な体勢のを胸元まで引き上げて抱え込む。

・・・花冷えしたらいけねぇからな。

そんな言い訳をしながら、慶次はしっかりとを抱え込んでその頭に頬を付ける。

そして切なげに目を細めた慶次は祈るように呟く。




「俺も絶対忘れねぇよ・・・」




願わくば、もうしばらくこうさせておいてくれ。

酔いはいつかは醒めるものだと分かっているから。

覚めれば必ず返すから、だから今は俺だけの華でいておくれ。

慶次はを抱いた腕に力を込めて、そっと目蓋を閉じた。


* ひとやすみ *
 ・拍手ありがとうございました!
 大したお礼にはなってませんが、本編中には入れられなかった慶ちゃんの
 心情などを盛り込んでみました。慶ちゃん超いい男!報われなくても傍にいることを
 選んだ人。大人!そんな彼の見せられない感情をチラリとお見せした次第であります!
 今後も頑張りますので、パノラマな私たちをよろしくお願いします!拍手感謝でした!             (15/04/12)