ドリーム小説

俺が倉庫に辿り着いた時にはすでに兄さんはボロボロだった。

鎖で吊り上げられ、頭上でぎこちなく笑った兄さんに俺は言葉を失った。

ざっと見ただけでも左肩は脱臼してるし、指は可笑しな方向に曲がっている。

口端から零れた血の量から見ても、内臓を傷めてるかもしれないと想像がついた。

兄さんの表情がぎこちないのは顔の腫れだけのせいじゃないと思う。

多分こんな姿を見られたくなかったからだとは思うが、俺だって目の前の現実が信じられなかった。

兄さんは俺の憧れで、お手本で、尊敬する絶対の人。

だからこそ、大鎖とはいえ兄さんが逃げられないわけがなかったし、

こんな小規模マフィアに傷を負わせられるとは微塵も思ってなかったんだ。

兄さんが黙ってやられたのはあのティエラという彼女が捕まっていたからで、

そしてその彼女を守りきれなかった俺達のせいだ。

呆然としているのは恭弥も同じだった。

そうだよな。兄さんを知っていれば誰だってこんなことは予想出来っこないよな。

こんな非道許せるわけがねェ。

騒ぐ虫けらの声を聞くたびに、腹の底からフツフツと何かが湧き上がってくる。

・・・・・・ピーピーピーピー、うるせーなァ。




その汚い口、二度と開かないようにしてやる













頬に滴る血液は僕の心をひとしずくごとに冷たくしていった。

そこで、なにしてるの、兄さん。

ジャラジャラと耳障りな音を立てて兄さんは頭上で揺れていた。

嗅ぎ慣れた鉄臭さは馴染むほどいつも僕の傍にあったものだけど、この赤い血は誰のものなのか。

いろんな感情が入り混じり、言葉に出来ないそれに僕は唇を噛んだ。

兄さんを咬み殺すのは僕のはずだったのに。

そんな無様な姿を晒すなんて許せない。

誰もが羨むほどの強さを持っているくせに何でそんなに馬鹿なの?

あの女を守るために自分の身を差し出すなんて愚かだとしか言えないよ。

兄さんならあんなの相手にもならないはずなのに。

本当に馬鹿だよ・・・。

僕の中を占める感情が何なのか理解した時、僕の目はようやく煩く吠える男を映した。

喧しい駄犬だね。

兄さんに膝を着かせるのが僕の楽しみだったのに、全く酷いことをしてくれたよ。

この世で兄さんを咬み殺していいのは僕だけだよ。

・・・そのことを魂まで教えてあげなくちゃね。




生まれたこと後悔するまで咬み殺す








***









俺は何か思い違いをしていたかもしれない。

兄さんの損傷は思ってた以上に酷かったが、鎖から解放された兄さんは何でもないように立ち上がって嗤った。

吐き出された言葉と笑みに身体中の毛が逆立ったような気がした。

近づけないほどに凄まじいオーラを放つ兄さんを見たのは、これで二度目。

あれを忘れられるはずがない。

恐ろしいまでに美しく、泣きたいほどに冷たい表情のかたしろの兄さんを。

薄っすらと笑っているだけまだマシなのかもしれないが、とてもじゃないけど今の兄さんには近寄れない。

兄さんの存在感に圧倒されるように自然と俺達は端の方に後退りするしかなかった。

雪崩れ込んできたマフィアは兄さんに襲い掛かり、数秒の間に沈められる。

鼻歌でも歌うように兄さんは右手一本と足を武器に、滑るように舞う。




「死の舞踏・・・」




思わず口から零れた言葉はまさに今の兄さんを体現しているようだった。

役に立たない左腕がヒラヒラと揺れる様はコートが靡くのに似ているかもしれない。

銃口を逸らして右肘で手首を叩き、突き上げられた掌底が顎を砕き、よろめいた敵に固いブーツが叩き込まれる。

一連の動作が流れるように行われ、次々と動かなくなる男達。

反則のような強さに自分が出る幕なんてあるはずがなく、俺達はただ美しい死神を目に映しているしか出来なかった。











兄さんの強さを僕は知っていた、はずだった。

表情は変わることなく、ただ相手の動きを止めるだけの淡白な戦い方をする人だと思っていた。

だから、戦うことが好きじゃないのだと何となく感じていたのに。

なに、これ・・・。

こんな肌を刺すような凄まじい空気を醸し出す兄さんを見たのは初めてだった。

いつも神々しいまでに綺麗な金の瞳は、鈍い色へと変化してギラギラと強烈な光を放っている。

近付きたいのに足が進まない。

それどころかもう何歩も僕の足は後ろへ下がっている。

何・・・?兄さんを怖いと感じてるの、僕・・・?

眼前の兄さんのつり上がった口角は酷く楽しそうで、わざと戦いを引き伸ばすように戦っている。

強かな獣は獲物を追い掛けて追い詰めてなぶり殺す。

また一人、右腕一本の兄さんに顎を砕かれ落ちた。

何だかこの数分で折られた歯が飛んでいくのばかり見てる気がする。

わざと顎ばかり狙うなんて遊んでるとしか思えない。

武器を持つ相手にここまで圧倒的だと最早歩く凶器だ。




「・・・デタラメだよ」




あちこちに叩き落した武器をわざと踏んで歩くから、剣はテコの原理で空を舞うわ、銃は蹴られて無差別に発砲するわで

めちゃくちゃなことになっていた。

鉛玉の飛び交う戦場で面白そうに舞う兄さんはまるで人世で戯れる鬼神。

その場違いな美しさにただ僕は突っ立って見ているしか出来なかった。



カランと音がしてハッとすれば、さっき落としたトンファーが兄さんの踵に当たっていた。

僕も共に戦おうと足を踏み出した瞬間、兄さんはトンファーをまるでサッカーボールのようにヒョイと蹴り上げた。

それを小気味いい音を立てて右手で掴むと、楽しそうに口の端を上げた。

素手で戦っていた時は小技を効かした動きだったのに、トンファーを持った途端に力技に変わった。

急所も何も関係ないようにただ相手に叩き込む。

トンファーを僕にくれたのは兄さんだから、使えるんだろうとは思ってたけど僕以上にインパクトが鋭い。

ムッとして眉根を寄せると、飽きたのか兄さんは僕の武器をぶん投げた。




「返って来ないな」

「当たり前でしょ」




一体なんの冗談?

全力で敵に投げ付けといて何それ?

僕の言葉を無視して兄さんは今度は鞭を拾った。

僕はイライラを解消するように無事な方のトンファーを拾って、敵を見据えた。









兄さんが鞭を使ってるの久々に見た。

相変わらず鞭使いが上手く、俺の鞭をパシンと振ると派手な音を立てて地面が抉れた。

不可解な動きをしているように見えるが、当然兄さんは計算していて

叩き上げたコンクリの塊が落下してきたり、目を狙ったりして誰も近付けなかった。

目に見えないほど素早く振られた鞭が天井を破壊して瓦礫が隕石のように落ちてくる。

無差別な破壊力だな・・・!

兄さんは何かを思い立ったように顔を背けると、鞭をしなやかに動かしてさっき飛ばしたトンファーに巻き付けた。

まさか・・・!

ヒュンと空を切りながら戻ってきたトンファーは恐ろしいほどの攻撃力を秘めていた。

当たった奴は最悪、鞭に引っ掛かった奴も最悪・・・。

そのまま投げ上げた武器は恭弥の元へポトリと落ち、鞭も俺の手に戻ってきたが、何とも言えない気持ちだ。

兄さんに出来ないことってあるのか?

まだまだ実力隠してるって言われても俺、疑わねーよ。

恭弥も同じ気持ちなのか眉根を寄せて兄さんをジーッとみていた。




「「 最強じゃないか 」」




小さく呟いた愚痴とも言える言葉は偶然恭弥と被った。

さすがに兄さんには聞こえなかったらしく、小さく小首を傾げていた。

兄さんが味方でよかった・・・。


* ひとやすみ *
・うから編ラストをディーノと恭弥視点でお送り致しました。笑
 弟二人は仲悪いですけど、兄に対する考えは角度は違えど驚くほど似てます。
 兄ちゃんは少しキレて歯の恨みを晴らしてただけなんですけど、二人には恐ろしく見えたようです。笑
 拙い話ですが、拍手お礼作品でした。                                 (10/06/20)